時事

台風19号

先月の15号の時よりも店からいろいろ物が無くなるのが早い。すでにパンはなくなっていた。

コメがあればなんとかなるとは思うけど、ガスや電気が止まったらやはりパンの方が便利だし、もうちょっと早く買い出しに出るんだった・・・。ケーキは残っていて、あの有名な言葉は浮かんだけど、まぁそう言うシチュエーションではないな。

雨風共に強くなってきている。皆さんも重々注意してくださいね・・・。

京アニ被害者の実名公表

公表されたことについて、その時には「公表されたのか」程度で、事件そのものが見てる側にも辛すぎたので、あまり考えてはいなかったのだけど。

実はこの実名公表には反対が、特に遺族の方々からあって、本日、そのために集めた署名を提出予定だったという。その前日に公表に踏み切るというこの行動には大いに疑問を感じざるを得ない。

公表した時のその理由が、「事件の重大性や公益性を考慮した。」「匿名にするといろんな臆測が広がり、間違ったプロフィルも流れる。それで亡くなった方やご遺族の名誉が著しく傷つけられる」となっている。

メディア側は、事件後一か月以上経って、被害者の氏名公表もないのは極めて異例で、事件の全容を明らかにするためにも、公表は必要だという立場である。

「事件の全容」とやらが必要だというのはまぁ理解したとしよう。が、そこに被害者の氏名がどう絡んでくるのか、よくわからない。事件の「重大性」はともかく「公益性」というのもまた不明。何かいいことがあるのか?「憶測」については、たとえ実名が出ても、その先にも必ずついて回り、絶えることはない。

すなわち、こんな風に抜き打ち的に敢えて公表する理由は希薄だ、と僕は思う。むしろ、またしても被害者遺族の方の自宅にレポーターとやらが押し寄せ「今の気持ちは」とか、神経を逆なでするような質問を浴びせる危険が高まったと言える。彼らは普段通りに家を出て、出勤しただけのはずなのだ。それを「この日、彼はこんな様子で、こんなことを言って・・・」とか。「ご家族はこんな風に感じている」とか。そんな要らない情報をほじくり返すことが「事件の全容の解明だ」とか、「事件を風化させない」とか、大きな顔して言っちゃうんだ。それが相手をどれほど苦しめているのかもわからずに。いつまで繰り返されるんだろう?

「拡大自殺」

まずは犠牲になった方(小山さん、栗林さん)へご冥福の祈りを。こんな亡くなり方には理不尽さしか感じえないが、まずはともかく。




さて、この件について何か言おうと思ったとき、僕ごときが言おうとしてることは世間で言いつくされちゃってるわけで、それでも書く意味があるのか、といつも考えさせられる。

それでも、僕が言おうとしていることを過不足なく全部言い尽くせる可能性があるのはのは僕自身しかいない。たいていの場合、もちろん過も不足もあるんだけど、僕の考えを表せるのはそれしかないわけで。僕がブログに書き込むのはそれがほぼ唯一のモチベーションであることを思い出さねばならなかった。

報道について
やはり最初に書かねばいけないのは、報道の在り方なんではないかと。大辞林によれば、「報道」とは新聞・ラジオ・テレビなどで広く一般に知らせること、またはその知らせ、となっている。

と、すれば、知らせることの内容は吟味すべきである。今のマスコミには、その「吟味」もしくは被害者や周辺に対する「配慮」が足りていないのではないかと思われることが多いように思う。被害者や加害者の家族、知り合いにコメントを求め、それを公表させることが「報道」なのであろうか。こう書くと、視聴者の「知る権利」だとかそんなものを振りかざす人が現れるが、被害者の家族の心境っていうものを「本当に君たちは知りたいのか」。そんなものは「すでに知っている」百歩譲っても「容易に想像できる」のではないか。そして、加害者はまぁともかく、何も悪いことをしていない被害者については「知られたくない権利」って書くからだめで、「知らせない自由」もあると書くべきか。これではまるで被害にあうことが悪いことをしたかのように見えてしまう。少なくとも相手も同じ人間で、人間としての権利や自由は取材する側と同じく所持していることを理解すべきである。そもそも「心境」なんてものは「慮る」もので、「知らせる」べきもんじゃないように思う。

「加害者は一人で勝手に死ね」について
それを言っていいのは、本来犠牲になった方のご親族のみだと思うよ。考えることまでは止められないし、心情は理解するけど、加害者を許せないのは被害者だけにとどめるべきで、それを拡散するべきではないのではないか。「拡大」だろうがそうでなかろうが、自殺を考える人は社会から見放されたと思っている人たちが多く、それを追体験させることが事件の減少につながるとはとても思えない。心情的にはそうであったとしても、それが「絶対正しい」わけではない。そもそも「死ね」とか言ってる時点で「正しさ」とはかけ離れた、何かおかしいものを感じなければいけないのでは。しかし、ここで「報道」に舞い戻るが、マスコミが状況やら何やらを微に入り細に入り説明、解説するんだよね。その感情を増幅するかのように。しかも連日。

「裏に何があった」なんてものは見えなくても仕方がない。「それを防ぐために、対症療法でもいいからどうすべきか」という視点のほうが大事なのでは。根絶なんて、それはできればいいのだけど、現実できないから、せめてどうやって自分を守るかという考え方が先にあってもいいのではないかなぁ。それすら難しい事態なわけだし。

というわけで、この手の事件が起こるたびに思うことを書き連ねてみた。僕が一人でこんなこと書いてみたところでこの流れが変わるわけではなかろうが・・・。

オンキヨー&パイオニア、ホームAV事業をSound Unitedに譲渡へ

Sound Unitedは、現在「marantz」「DENON」などのAVブランドも保有するアメリカのAVメーカー、ということだそうで、由来がまるで異なるがAVファンには有名な二つのブランドを持っているっていうことも驚きだけど、他にもオーディオのマッキントッシュなども一時期有していたということで、大規模なメーカーだ。で、そこにONKYOのAVが加わる。ただし、移るのはハード事業だけで、「オンキヨー」ブランドはオンキヨー側所有ということで残る。で、オンキヨー本体は、ヘッドホンをはじめとするデジタルライフ事業や法人を対象とするOEM事業の成長を見込み、この2分野に経営資源を集中していくとのことで、そちらに「オンキヨー」ブランドを使用、AV事業のほうはSound Unitedと協議しながら展開ってことだそうで、詳細には語られていないけど、こちらにもオンキヨーブランドをライセンス供与って感じになるのかな?

そうなったときに気になるのは、ここで語られていない「パイオニア」ブランドのほうだ。しかしながら、こちらは「未定」となっている。オンキヨーにしてみれば、パイオニアのブランドにはそれほど思うところはない、ということがこの状況一つ見ても明らかだけど、パイオニア本体も、すでにこの件についてはほとんど影響力を持たない状況でもあるので、Sound Unitedに移転するか、消滅するかのどちらかではなかろうかと思案する。もともとパイオニアから「将来は」と思いながらオンキヨーに合流した方々にとっては、厳しい状況になったような気もするけど、成り行きを見守るしかないわけだ・・・。

ホームでのパイオニアブランドが一旦消えると仮定した場合、パイオニア本体が再生なった場合には、手放さずに置いたTAD(Technical Audio Devices)がひょっとしたらキーになるかもしれない。

いずれにせよ、僕の希望は叶わなかったという流れなので、なんとも残念な気分だったりはするんだけど・・・。

ニキ・ラウダが死去

最近のF1ファンは、ラウダと言えば、メルセデスチームのアドバイザーとしてサーキットに現れる赤いキャップをかぶったおじいさんと言うイメージなんだろうか。

しかし、その実は70年代後半から80年代前半にかけてのトップドライバーで、フェラーリ、ブラバム、マクラーレンなどに参加して、3回のワールドチャンピオンと言う、プロスト、セナ以前の時代のヒーローだった。フェラーリ時代に、ニュルブルクリンクで大クラッシュで大火傷を負って、しかし六週間後には復帰したことから、「不死鳥」の二つ名でも呼ばれた。

ジェームズ・ハントとのライバル関係は、映画化もされてるし、そういう意味でも有名人。去年の後半から病に臥せっていたが、復帰することなく旅立った。

享年70はやはりまだまだ、と言わざるを得ないだろう。ご冥福をお祈りする次第。

筑波山 フルーツラインが復旧開通していた

2014年10月に、台風の影響で道路が崩落して閉鎖になっていたフルーツライン。

そのことを僕が知ったのは2015年5月だった。その後4年以上、閉鎖が続いていた。朝日トンネルによって土浦から石岡(柿岡、八郷方面)への直通は確保、連絡時間も大幅に短縮されており、フルーツラインの存在価値は、道中の筑波山北側の眺望や、ドライブ、趣味的なものしか考えられない。本当に長らく閉鎖状態が続いていたので、もう廃道になるしかないのかと思っていた。

そんな中、時代も令和になり、ひょっとして恩赦(何の!)でも出てるかなと思って調べてみたら、それよりもちょっと早く、2018年12月に再開通になったとの情報が得られた。実際のところ、フルーツラインって、パープルラインや、筑波山口から神社拝殿まで上がるコースよりもタイトなコーナーの続く、筑波山では難易度の高いコース。その分だけ道路の低速化のための細工も多く、そういう意味でも難しいコースになっている(もっとタイトなコースとして、筑波北条の大池から石岡市柿岡方面に抜ける通称不動峠があるっちゃあるんだけど、今の車ではすれ違いも難しいくらい細いうえに、路肩に落ち葉がめちゃくちゃたまっており、現在走るにはかなり危険だ)。

再開通したのなら、また走りに行ってみようかな〜。今ならきっと路面はきれいなはずで、細工を除けば閉鎖前よりは走りやすいはずだ。デミオの挙動確認の総仕上げをするにはもってこいかもしれない。ちょっとわくわくしてきたぜw。

出るんじゃないかと思っていた

自民党萩生田氏が「増税延期論」とか言っているニュースを見て。その中で「やめるとなれば、国民の了解を得なければならないから信を問うということになる」っていうのが、衆参同時選をやるとなったら、こういう言い訳にもならない話を理由に解散、と。

争点にもならない自作自演感満載で、本来なら与党の政治家からは間違っても言っちゃいけない話だが、「お口ゆるゆる政治家」が跋扈するご時世、絶対だれか言い出すだろうと思っていたよ。先にたたいておいてさすってやれば尻尾振るでしょみたいなこの言い草、なめ切ってるよね。でもそれが普通に通じてしまいそうなところがなぁ・・・。

菅官房長官は否定したが、これはそれが筋。それ以外のことが言えるわけもない。どのみち、解散の文字は頭の片隅にもないが「真ん中にはあった」とか言い出しちゃう人種だし、どんなことになっても対応できるようにだけはしておかないと。

パイオニア上場廃止

本日付で・・・。

実は今年度で、創業80年だったんだよね。僕が入社した年が創業50周年だったんだけど、そのときを思い出すと、光ディスク戦争ではレーザーディスク(これももうないけどさ)で規格争いに勝利を収めていたものの、オーディオ業界は「構造的不況」などと言われ、決して調子が良かったわけではなかった。そもそも高校時代に、友人とふらりと立ち寄った土浦のとあるデパートで、発売されたばかりのレーザーディスクLD-1000を見なければ、その後の僕はなかったかもしれないなわけだけど。

90年代に入ってからは、世界初のドライブナビゲーションが出て、レーザーディスクもカラオケが当たり、大きく伸びた。しかし、カラオケが通信になると、そこには乗り遅れ、Mac互換マシンも出してそこそこ人気が出たはいいけど、ジョブスがアップルに帰還すると方針変更で互換マシンは出せなくなり、苦しい状況へ。DVD〜BDと光ディスク関連では勝ち組にいたことによって、そこでは踏ん張れた。

プロジェクションTVで映像はちょこちょこやっていたのだけど、プラズマディスプレイ生産にかじを切る。2000年代の前半まではよかった。NECのプラズマ事業を買収したときから風向きが明確に変わった。いや、生産終了してから10年以上たつけど、今でも画質的にはプラズマのほうが液晶よりも良かったと思ってるよ。だけど「高精細化」という意味では限界に近かったか。プラズマを畳んでからも、多少波はあったけど、全体的に退潮基本だったように感じる。僕が退職してから5年半、繰り返しになるけど、決してこの結果を見るために辞めたわけじゃないんだけどな。

CI活動で、会社のロゴを青から現在の赤に変えたわけだけど、僕としては昔のロゴのほうが好きだったな。なんて小ネタもはさみつつ、そうは言っても、カーステやオーディオだって、縛りは特になかったけど、退職した後もできるだけはパイオニアのものを選んできたつもり。

今考えてみれば、光ディスク〜プラズマディスプレイ開発の職歴って、パイオニア的にはまぁまぁメインストリームにいたようだけど、当時はあまりそういう意識もなかった。途中に挟んで、そのあとずっとかかわることにはなったけどサブ的扱いだった特許関係の仕事が、今の自分を助けているわけだし。

ともかく、この日を迎えることになって、やはり感想を聞かれたら「残念」としか答えるしかなくてさ。今後復活したとしても、あの日のパイオニアとは言えないような気がしてる。そんなセンチメンタルな午後を迎えてしまった。

牛久シャトーの活用へ

牛久シャトーを所有するオエノンホールディングスと牛久市が、地域の活性化などで提携するとか。内容はまだ不明なことが多いけど、とりあえずは牛久シャトーの建物の保全と、日本遺産認定の推進、市の観光、ブランド進行で協力するとか。

思ったよりはやや早い展開で提携されたことに、ちょっとは安心した。が、建物に関することばかりで、肝心なワイン醸造の文化やワインそのものについては何も決まっていないと読める。

これだけで今まで通りの牛久シャトーが復活するという風にはとても読むことはできず、記念公園化されて終了とかって話であるなら、あまりいい施策だと思わない。詳細が出てくるまでは、安心してはいけないと思うのだった。

大坂なおみ、全豪優勝

流石に見てたけど。なかなか行き詰まる試合だったけど、決めた。

いや、僕自身はあんまり関係ないんだけど、嬉しいもんだなぁ、やっぱり。おめでとうごいます!

24年・・・か。

年取るわけだよなぁ。

あの時、関東ではほぼ揺れを感じなかったわけだけど、事後の映像には衝撃を受けた。その後、2011年にはその衝撃を上回る映像をリアルタイムで見てしまうわけだけど、だからと言って、その重さが変わるわけではない。多分、今も。

あんな思いはもうしたくないと、言うことはできるけど、しないで済むかどうかは別問題。相手が自然だからね・・・。今年もできるだけ、静かにしていようか。

パイオニアがベアリング・プライベート・エクイティ・アジアの100%子会社に

去年の12月7日に同意されたというわけで、エントリーが遅いって話はまぁさておき、臨時株主総会は1月25日に開催されるというので、今はその過渡期といった風情ではある。可決されればパイオニアの株はすべてBPEAに買い取られた上で上場廃止と。

去年の6月に社長を引き継いだ森谷氏だが、もうなんというかこのために登板させられたというイメージしか持てないわけで、こうなるのだったら、もう十年以上パイオニアを率いてきたはずの前社長の小谷氏が、そのままここまで持ち込んで辞任というほうがスマートだったのではないか、責任のとり方としてどうなんだと。この体たらくだからこの結果なのではないのか、と普通に思うよね、これ。

また、他にも森谷氏、1月以降は無給で働くというコメントを発しているそうだけど、社長が無給を口にしたらダメだと思う。一旦受け取ってから還元するならまだしも。この会社の社長という役割・業務ってそんなに軽かったのか、と思われたら良くないし、社長が無給だから役職員も・・・って空気が蔓延しようものなら、それは果てしなくブラックな空気である。

なんというか、こんな結末を見るためにそこから出たわけではない、と声を大にして言いたいが、とにかくこれからの未来がこれ以上暗くならないことを祈る。

牛久シャトーが閉鎖になって・・・

牛久シャトーが採算が取れなくなったとのことで、去年の12月28日に閉鎖になっている。そのあとは、神谷伝兵衛記念館などの無料で公開されていた部分は継続されるとのことではあったのだけど、この1月現在の状況で見れば一旦完全閉鎖という感じである。

レストラン、ワイン販売所、ブルワリーなどが終了したわけなので、機材とかの撤去や処分などもあるんだろう。12月の中旬くらいには牛久駅前で署名活動などもあったみたいだけど、今の感じでは全て動きは遅かったとしか言いようがない。

ブランド的には、十分バリューはあったはずだけど、展開の仕方が中途半端だったという感覚は拭えない。地元にいても、積極的にブランドを活用しようという雰囲気は薄く、終了の伝達を受けてから慌てて、という後手後手感。特許庁が出してるマガジン「とっきょ」の今の号が「地域ブランド」の特集やってて、それぞれ書かれていることをここに当てはめると、今の状況、納得できることが多い。

市が本気で再生させるつもりがあるかどうかはわからないけど、そのつもりがあるのであれば、この半年くらいがタイムリミットだろうね。それ以降はいろいろノウハウを持ってる人たちが分散してしまうだろうから。他人事のように書いてはいるけど、勿体無い話ではある。まずはブランド保全のためのセクションを早急に立ち上げて対応を図るべきだと思うけど、どうなってるのかがわからないところが、やはり地元の関心が薄いということになるんだろかね?

大雪時のチェーン装着義務:13区間を公表

全13区間のうち、高速道路は以下の7区間。
上信越自動車道の長野県の信濃町ICと新潟県の新井PAの間の25キロ。
中央自動車道は山梨県の須玉ICと長坂ICの間の9キロ、長野県の飯田山本ICと園原ICの間の10キロ。
北陸自動車道は福井県の丸岡ICと石川県の加賀ICの間の18キロと、滋賀県の木之本ICと福井県の今庄ICの間の45キロ。
米子自動車道の岡山県の湯原ICと鳥取県の江府ICの間の34キロ。
浜田自動車道の島根県の旭ICと広島県の大朝ICの間の27キロ。

国道は以下の6区間。
国道112号線のいずれも山形県の西川町志津と鶴岡市上名川の間の27キロ。
国道138号線の山梨県山中湖村平野から静岡県小山町須走字御登口の間の9キロ。
国道7号線のいずれも新潟県村上市の大須戸と上大鳥の間の16キロ。
国道8号線のいずれも福井県あわら市の熊坂と笹岡の間の4キロ。
国道54号線の広島県三次市布野町上布野と、島根県飯南町上赤名の間の12キロ。
国道56号線のいずれも愛媛県の西予市宇和町と大洲市松尾の間の7キロ。

ってことなんだけど、普通にニュースサイトで見てもこの肝心な区間が見つからないケースが多いんだよね。「公表した」ってニュースなんだから、その公表された区間を転記するまでが記事でなければならず、それを「自分で調べろ」って読者に丸投げ、っていうのは無責任に過ぎる。読者は何が知りたくてそのニュースを見ると思っているのだ。

チェーン装着義務や、その区間が公表されたことに対するコメントにたどり着く以前にこんな文句が発生するって、なんだかなーと思う。

で、ここからが本題なんだけど、これって、規制する人たちにとって、ひと目で判別ができることを優先したのでは。サマータイヤとスタッドレスタイヤを雪降ってる中で一瞬で見分けるのは難しそうだし、そのために一台一台止めて、っていうのではどっちが渋滞の原因作ってるんだって話だからそういうことにしたんではないか、と。でも本質的には検問するわけだし、渋滞は出る。チェーンを付けてない人がいたら付けさせるわけで、渋滞は出るよね。高速だと、トンネルではチェーンを外すわけで、面倒は更に増える。スタッドレス履いていてもチェーン装着が義務になるなら、その地域でスタッドレスを履く意味合いも、そのモラルも低下する。何かと問題が多い今回の措置だと思うのだ。

山梨絡みの区間なら走ったことがある。R138は富士山を周回するように回る国道だ。規制が入るのは山中湖から富士山東側を富士スピードウェイに抜けるあたりの区間。中央自動車道の指定区間は北杜市近辺で清里とかあのあたり。どちらかというと高速区間のほうが雪は多い感じだけど、どちらも通常であれば常に雪に覆われているような場所ではなく、規制が入ることに疑問を感じる場所ではある。同じ中央自動車道でも長野区間は雪があることも多いか。

どちらにしても、2014年の雪ではこんな区間関係なくすべてが雪に埋もれたし、そういうのを見ても、一箇所規制かけたところで、とも思う。どっちにしても、少なくとも見知った山梨での区間に限れば、それで何かが改善されることがなさそうな、そんな予感・・・。

日産のカルロス・ゴーンが逮捕される?

金融商品取引法違反とか。自らの報酬を過少申告した疑いで、その額は億単位にのぼるというから穏やかじゃない。

なんだかもう、唖然としてしまう。RJCのカー・オブ・ザ・イヤー選考も、スバル、スズキが自社の不祥事を理由に辞退とか、暗い話ばかりが先行。せっかくトヨタが1999年以来久々にWRCのメイクスで年間優勝したとかのニュースもあっという間にかき消されてしまうとか。

車好きとしては、イメージが悪くなるようなことは、これ以上しないでくれと言うほかはない。真面目に。

辻谷耕史さん死去とか

シーブック・アノーとか、無責任艦長タイラーとか・・・。
ご冥福をお祈りします・・・。

享年56。脳梗塞だそうで。もう最近は、こういう訃報の際の年齢を聞くと、ホント自分に近いところがポロポロと逝ってしまうことに自分も驚きを禁じ得ないのだが、裏を返せば自分もそういう事が他人事ではない年齢に来ているということでもある。定年を70に、とかそんな話も聞くけど、30年くらい前には、定年は55歳だった。こんな話を聞くと、「生涯現役」ってあまり洒落になってない感じも受けたりする。人生いろいろとはいうものの・・・。

台風24号

だいぶ被害が出ているようで、みなさん大丈夫でしょうか。茨城県はこれから、という感じ。

しかしふと気になったのが、「停電状況をHPに掲載」というお話。停電してたらHP見られないと思うんだけど・・・、停電してない地域の方に知らせたいということなのかな?

ともかく・・・・被害がこれ以上広がりませんよう。

パイオニアの経営がまた窮地になっているとか

かの会社を離れてから5年。ホームオーディオを切り離して本社を移転し、カーナビ一本槍に近い体制になってからも3年。まだ苦しんでいた、という話をしなければいけないのか。

で、まず書かなければいけないのが香港のファンド「ベアリング・プライベート・エクィティ・アジア」から融資を受けるという話だ。これさー、やってることが「誰から資金調達するか」だけで、「経営立て直しの計画」も自分の会社向けではなく「資金を出してくれるところ向け」になってしまっているのだけど、その雰囲気は・・・なんかこう、離れて見ると、そこから10年やってることの変化の無さにびっくりしてしまう。

ニュースでは、窮地にいる原因として、カーナビに絞ったのが良くなかったと分析されている。見回してみても、カーナビ業界はおしなべて苦境で、富士通テンはナビをデンソーに売却、クラリオンもリストラ、アルパインも親会社アルプス電気との経営統合を検討中とか。

こうやってこの文章を書いている自分もそうだけど、今やナビはスマホで充分と言える。無料のナビがいくつか出ていて、それぞれ特徴もあり、一長一短あるとはいえ、有料アプリですら敢えて使おうとは考えないような状況になっている。それでナビ専用機と言われても。カーステレオにナビ機能をつけましたくらいの感覚でいいのではと思ってしまう。そのカーステも、こだわりなければ敢えて純正を置き換えるような散財はしない方向に行ってしまっている感じが高い。流れを見抜けなかったという点に置いて、「これってあのレーザーカラオケの二の舞だよね」と言われても言い返せないと感じられるのが痛い。僕が会社を離れた5年前にはすでにいくつかのアプリは出ていたし、パイオニアにもLinkWithってのがあったわけで、それとカロッツェリアを連動させて展開する形で、なにかできたんじゃないかとか思うんだよね。CarPlayとのバッティングをどう回避するかっていう命題はあったけど・・・。

では、ホームを無理して保持していたらどうだったかというと、ホームを売却した先のオンキヨーの状況も芳しくないんだよねぇ。「詰んでた」とは思いたくないが、プラズマに打って出る前には、まさに「テレビ以外は何でも持っていた」状況から考えれば、なんとももったいないとしか言えないんだよな・・・。

北海道で震度6強!?

今朝3:08頃にM6.7の地震があった、と今朝のニュースで。

慌ててテレビをつけたけど、厚真町で大きな土砂崩れが起きている映像を見て言葉を失う。余震とかあったら大変なことになるのでは・・・。

皆さんの無事を祈ります、としか。

しかし、今年は色々とおかしいような気がする・・・。まだこれで終わりじゃないような気がする。
くれぐれもお気をつけて・・・。

女子受験生一律減点とか・・・

東京医科大学のトップたちは、一体何を考えているのだろうか。百歩譲って二次試験で内々にそういうガイドラインが設けられていたというなら、そんなこともあるだろう。誰も納得はしないだろうが。しかし、学力だけを判定するはずの一次で、性別だけで切り落とされるなんてことは、おおよそ考えられることではない。

何よりも、その処置によって実際に結果が確定してしまっている方々もいるし、その方々を差し置いて僕がそれをああだこうだと取り沙汰することこそが「許されない」のではないかと思ったりする。

それは置いても、他でもやってるみたいな話も出てき始めている。それが行われていたと言われる時代から、今でも受験生を育てている親としては、仮にウチの娘にそういう希望があったとしたら、他人事ではない話になったし、訴訟もコミで検討しただろう話だ。かと言って、それで子どもたちの過去が戻ってくるわけでもなんでもないところが一番重要で、子どもたちに一生払拭できないこんなやるせない気持ちを背負わせてしまったことに対して、あなた達は何を償ってくれるというのか。

もっと書きたいこともあるけど、そっちはひとまず飲み込んでおくか。勢いに任せて書くと、ろくなことがないのはいつものことだから。

サッカーワールドカップ 対ポーランド戦

いやいや、今回の西野采配に対して、議論が白熱してるね。

雰囲気的には7:3くらいで批判的な感じだけど、「ショー」的な要素で言えば、あれほどつまらない展開はない。「次に繋がるか」で言えば、どんな展開でも結果でも「繋がった」と言い切ればいいので、あまり意味はない。「戦術的にはどうだったか」といえば、ルールの枠内でやったことなので、何かを言われる筋合いはない。

「だが」、と続くか、「だから」につなげるか。ここが悩ましいわけだ。でもま、日本人的に言えば、それでも決勝に残ったという事実は認めるべきだし、「フェアプレイポイント」というシステムでリーグを勝ち抜いたのは「初」だそうだから、とにもかくにも「歴史」は作った。今ある「ルール」を最大限に利用したという意味では問題はない、と言える。ただし、これを受けてルール変更の可能性も考えられる。「最初にして最後」かもしれないってことで、それはそれで歴史には刻まれる・・・。

気を取り直して例えば、の話。あそこで突っ込んでいったとしよう。それで、誰かが同点にすればその「誰か」とチームに大絶賛、そのままの状態で何も変わらなくてもリーグ突破ということで称賛されるだろう。セネガルがコロンビアに追いついてリーグ敗退でもまぁ仕方ないね、にはなる。

だが、ワンミスが起きて追加点を喰らい、リーグ敗退となった場合は、どうだろう。これまでのいろいろないきさつを鑑みれば、そういう選択をした監督も叩かれるかもしれないが、それ以上の確率でミスった選手が叩かれるような気がする。叩かれずともその瞬間のイメージは長く彼を苦しめるだろう。それは将来に向けてのリスクとしてどうなんだろうか、と続けてみると、今回の選択の狙いは見えてくるのでは。

というわけで、今回の選択であれば、どんな結果が出ようとも、少なくとも選手個人ではなく、率いた監督が叩かれる。リーグ突破でも叩かれているというこの状況はあるんだけど、最悪でも選手は守った。ここが最大のポイントと僕は見る。敗退したら先も何もなく、そういう意味で「結果」という果実は苦くても残った。悪いことをしたわけでもないので、面白い試合ではなかったかもしれないけど、いいんじゃないの。面白くない試合なんて、どんなスポーツでもたまに出会う時があるんだし、そういう意味で「今まで見たことのない世界」を垣間見ることもできたのでは、と考えることにした。どちらにしても、他にはできないことを平然とやってのける、そこに・・・ええと(^_^;)、少なくとも痺れはした、か。

ギブソンが破産申告

ギブソンと言えば、音楽ファンには馴染みのギターメーカー。先日オーディオショップでギブソン名義のスピーカを見たときには、正直「スピーカにサンバーストは似合わないんじゃないか」と思っていたのだけど、やはりそういう部分が不採算だったってことなんだろう、破産法を申請したとのこと。

オーディオについてはフィリップスのオーディオ事業とか、TEACも買収していたらしいんだけど、やっぱり似合わないよなぁ、と思う。買収されていたオーディオ機器メーカーの方が逆に心配になってしまうのだけど、そちらは債権者に株式が渡されることになるのだろう。ギターにはファンもいっぱいついてることだし、事業を縮小したら、なんとかなるのかも。ロックミュージックもひと頃の勢いはないし、不透明な部分も残るけどね。

JASRACの著作権料徴収について音楽教室から質問主意書

追い掛けると言ったら、このくらいはね。

質問主意書とは、国会議員が内閣に対し質問を行う場合の文書となっている。詳しくは素直にググるのが吉。
3月22日に、衆院議員、城井崇氏が質問主意書を提出している。これ自体は、先の3月5日の文化審議会の容認決定を受けて、文化庁が出した裁定に対するものだ。

内容は、丸写しで申し訳ないが以下の通り

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日本音楽著作権協会が音楽教室での講師や生徒の演奏について著作権使用料を徴収することを求めている件について、以下質問する。

一 音楽教室における講師の指導や生徒の練習における演奏に著作権は及ぶのか。政府の認識を明らかにされたい。
二 著作権法は第一条に「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」と定めているが、音楽教室から著作権使用料を徴収することは、文化の発展に寄与するのか。政府の認識を明らかにされたい。
三 著作権法は第二十二条に「著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する」と定めているが、音楽教室における講師の指導や生徒の練習における演奏は、公衆に直接見せることを目的とする上演にあたるのか。政府の認識を明らかにされたい。
四 著作権法は第二十二条に「著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する」と定めているが、音楽教室における講師の指導や生徒の練習における演奏は、公衆に直接聞かせることを目的とする演奏にあたるのか。政府の認識を明らかにされたい。
右質問する
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さて、この質問主意書は衆議院のホームページから見ることができる。エントリーが今日になったのは、答弁書を確認してからにしようと思ったわけだけど、出てきた答弁書は、これまた丸写しで申し訳ないが

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一から四までについて

御指摘の案件を前提としたお尋ねについては、私人間の係属中の訴訟に関連する事項であるため、政府
としてお答えすることは差し控えたい。

なお、一般論としては、ある著作物の演奏が著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第二十二条にい
う「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的」とする「上演」又は「演奏」に当たるか否かについては、
具体的な事実関係に照らして個別的に判断されるべきものであると考える。
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と、いうわけで。予想通りすぎる「無回答」。質問は「政府の認識」であるが、回答が「差し控えたい」という割には政府の一機関である文化庁は「容認」なわけで、ここを「不一致」と取るか「黙認」と取るか。まぁ後者だな。

とりあえずは、このやりとり自体は裁判には影響は与えないけど、やはり文化庁の判断が重いよなぁ。あまり明るい未来が見えないのだった。

文化審議会がJASRACの音楽教室への著作権使用料徴収容認

これは・・・。

いやいや、そんなことを答申されちゃったら、文化庁の裁定で事実上道筋ができてしまうではないか。答申では判決確定までは「徴収を拒む教室への督促は控えるよう求める」って、徴収を拒まなければ判決を待たずに始まるってことじゃないか。これ、完全に外堀を埋める行為だよね。この答申を出すこと自体を判決が確定するまで控えてほしかったというのが正直な話じゃないか?

9月の裁判の様子を見れば、JASRACが「これは勝った」と見るのも無理はないかとも思うけど、昨年10月に今年の1月から徴収を始めるとか通達もしていて、このあたり既成事実づくりに余念がない。これで道筋ができてしまえば、裁判もその様子を見ると考えられるので、ひっくり返しにくいのではと予想される。まぁ、あの原告主張ではな〜。この件、多分最高裁まで行くと思っていたのだが、ひょっとするともっと早い終息があるかもしれん・・・。

任天堂VSコロプラの特許侵害裁判

「コロプラが任天堂の保有する特許に抵触した」とのことで提訴されていたのだが、その第1回口頭弁論が2月16日に行われていた。そこで計5件の特許番号が明らかになって、中身を見た人から「コロプラ勝ち目ないんじゃないか」なんて話が飛び出しているのだけど、そうとも限った話じゃないんじゃないかなというのが僕の第一印象。

一応5件の特許の内容をざっくり言うと、という部分を書いておく。

1. 特許3734820号
タッチパネルを最初にタッチした点を始点としてジョイスティックのように使用する。最初に任天堂からアナウンスがあった、言わば「本命」。
2. 特許4262217号
タッチパネルを長押しした後、指を離すと敵キャラを攻撃する。
3. 特許4010533号
ゲーム機がスリープから復帰するときに復帰確認画面を表示して、確認後スリープ直前の状態からゲームを続行できる。
4. 特許5595991号
ゲーム機間で互いのゲーム機情報を認知(フォロー)、ネットワーク通信を許可する(同時プレイなど)。
5. 特許3637031号
障害物で隠されているプライヤーキャラクターを通常とは違う方法で表示する

ま、一言でまとめてみると、それぞれはどこのゲームでも使いそうな感じがするので、「これは任天堂が基本特許を取っている」と思われてしまうのだろうが、それぞれ請求項(権利範囲を決める項目)は一つではなく、細かいところまで10以上の請求項が記載されているのが複数ある。この「ざっくり」もそういう風に書いてあったわけではなく、そう解釈できるという書きっぷりにしてある。実際は「こうしてこうなってこのような場合に、こんな操作をするプログラム」みたいな文章なので、それぞれがすべて合致しなければ、実は「当たらない」という判断になる可能性もある文章だ。どう見てもこれは当たり、と一発でわかるような請求項にはなっていない。

そしてこれは重要なんだけど、任天堂が抵触を主張する5件の特許は、登録公報すべてに公開時から補正(つまり権利範囲の変更)が入っていること。これは、登録公報を見ればアンダーラインが入ってるのですぐにわかることである。つまり、これらの特許の権利範囲はこの公報だけでも読み解くのは面倒なんだけど、その上でさらに審査記録(包袋と呼ぶ)を紐解かないと、微妙な部分が解き明かされないということ。補正が入っているということは、それよりも先に文献(多くは公開特許)が存在していて、その範囲からは外れるように権利範囲が調整されているということ。だから、公報だけを見て「コロプラオワタ」という判断は突っ走りすぎているということだ。実はこの包袋もJ-platpatで無料で閲覧可能。特許云々を判断しようとしたら、このあたりまでは見てから考えてほしいものだ。

もちろんそれでは「速報」には適わないし、公報のみをさっきの解釈で「ざっと」見たところでは「当たりだろう」という判断は当たらずとも遠からじではある。ただ、これが「基本特許なのか」という話で考えれば、以上の公報の内容や、審査の流れから見て、僕の経験的に「基本特許とは言えない」のではないかとの疑念を持つには充分だ。まぁ、基本特許でなくても「強い特許」であれば何の問題もないということで、この特許は「強い」のか?そこだけが興味の対象だ。

そんなわけで、まずは「相手の言い分を聞いてからこちらの主張を組み立てる(もちろん時間はあるので準備はしておくけど、相手から想定通りの主張が放たれるとは限らない。裁判になって初めて封印が解かれる隠し玉とかもあったりするのだ。)」のが民事裁判の基本なので、コロプラのターンはこれからである。ここでどのような説明をし、抵触していないことを証明する、もしくは無効資料がある、はたまた先使用があって効力が及ばないとかの話は全部これから出てくるのだ。

特許の解釈は、往々にして訴える方は権利範囲を広く、反論する方は狭く捉えて論理を展開する。双方話をさせてみて、それからの判断だ。ここで性急に答えを求めるより、コロプラの反論を見てから言い分を整理したほうがいいかと思う。コロプラだって確信するものがあるからこそ裁判になると言われても引かなかったわけでしょ。意外と「まさかこんな抜け穴が」なんてことになるかもしれないよ?

え、僕の判断?一件の特許でって話ならトピックスとしてやってもいいけど、それが五件、しかもそれぞれ違う技術範囲での話であって、それぞれ請求項も多く補正も入って包袋全部紐解かなければ話ができない案件なんか、仕事じゃなきゃやれないと思う。

JASRAC、映画音楽の使用料を引き上げへ

JASRAC、収益が下がってるのか。これまで映画音楽の使用料は一律18万円だったのを、興行収入の1〜2%にする方針だとか。リバイバル上映とかからも徴収する方針のようで、これは使用料的に一気に跳ね上がる計算にはなる。

法的解釈としては、いま係争中の音楽教室の著作権使用料とは基本的な性格が違い、映画を上映する際に同時に再生される映画音楽に著作権が発生することについては、誰もが認めるところ、ではある。少なくとも、映画館にどれだけ客が入ろうが、逆に閑古鳥が鳴こうが、1本18万円定額でよろしくっていうのは納得しにくいかな。映画館業界としてみれば、普通に負担増確定なので、反対するのは明らかなんだけど、今回について言えば、JASRACの方針が大枠で間違っているとは、流石に言えない。

解決策として、ある意味歩合制になるのは仕方ないところだが、映画に対する音楽がどれくらい貢献しているかという部分で、議論を充分すべきだと思う。ま、有名どころの映画なんて、テーマタイトルの一フレーズだけでも「あ、あの映画の」なんてことになるのはよくある話、というかテーマ曲の個別のタイトルよりも「あの映画のタイトルナンバー」という方が通りがいいこともあるわけで、つまりはそれだけ重要ってことでもある。

もちろん、それを払えば零細の映画館が厳しいという論調もあるだろうし、それを全部観客に押し付けて入場料値上げなんてのも難しい話ではあるだろう。落とし所をちゃんと議論することが必要だろう。ここからが議論なんだと、僕は思うのだが、どうもその落とし所の設定に、JASRACの居丈高な部分を感じるというか、すんなり納得できない言い方をしてくるというか、もっと言葉は選んだらいいのに、そんなふうに感じるのだった。

「ブレードランナー2049」がアメリカで大コケ?

さもありなん、だと思うよ。

そもそも、今でこそ、「ブレードランナー」(1982年)は、国内ではカルトムービーの名作としての評価が定着している。しかし、全米では公開時は初週で2位ではあったが、やはり振るわなかったと言う。相手があの「E.T.」だったりするので致し方あるまい。そして、日本でも大した成績を上げていない。土浦では上映期間がいきなり短縮されたので、見に行こうと思った時には終わっていた(ーー;)。逆説的に、であればこその「カルトムービー」扱いなのだが、そこをみんな忘れているとしか言いようがない。

その後、少なくとも日本では、レンタルビデオになってから人気が、これも一気に爆発したわけではなく、文字通り「じわじわ」と来たわけなので、名前は知っている、あるいはネタとして一部は知っている人は多いかもしれないけど、その内容をしっかり把握しているなんて人は、それこそ熱狂的なファンに限られる。「2049」は無印と地続きな設定なだけに、無印を見ていないとわからない部分も多数あるはず。そして無印は理解するのに一度の視聴では全然足りない。だからって、「アルティメット・コレクターズ・エディション」持って、「それぞれのバージョンの違いは〜」とか語りだすのも違うから!

つまり何が言いたいかっていうと、最初から「一見さんお断り」な映画の続編は、もちろん「一見さんお断り」なはずだ、ということ。コンセプトを大幅に変えて一般受けするようなものにしたら、逆にダメだろうし。この結果は全然驚くに値しないというのが僕の見方。海外上映でも伸びないだろうし、開花するとしたら、やっぱりレンタルになってからなんじゃないの?そうでなければ「ブレードランナー」じゃないだろうとまで言い切ったらダメか?見るまではこれ以上の評価は避けておこうか。

僕?もちろん、日本で公開になったら、今度は見遅れないように手配するさ(^_^;)。

音楽教室著作権料裁判始まる

JASRACが、音楽教室などで楽曲を使用する場合に、著作権料を徴収するとした方針を受けて、ヤマハ音楽振興会など約250の企業・団体がJASRACに長州権限がないことの確認を求めて、始まった裁判の第1回公判が9月6日に東京地裁で開かれている。

今回の双方の意見陳述の内容について。
原告側「日本の音楽文化を担ってきた音楽教室に大きなダメージを与え、音楽を学ぶ機会を減少させる」あれあれこれは・・・。

被告側「原告側の受講料収入は721億円。一円たりとも創作者に還元しないというのは極めておかしな話で、音楽教室が収入の一部を還元して創造のサイクルに参加すべき」と。お金から入るところがらしいというか、底が浅いというか。

んーと、2月の最初の段階で明言したけど、「著作権法第22条」をよりどころとする「音楽論(文化論込で)」の真っ向勝負では原告の勝ちはないんだよね。で、この展開、完全にJASRACのペースに乗せられてるように思われる。5月に「真っ向勝負」と書いて、そのときにふと思った厭な展開になっているような気がした。

この裁判、2月に第一報で書いたとおり、ちょっとでも勝ち目を探すと「著作権第35条、第38条」を根拠に反論する、つまりまとめれば、「音楽教室は、そもそも演奏される音楽自体で儲けているのではなく、それを演奏すべき道具たる楽器の演奏技術や、曲の編曲手法などの教示・伝承に対してのみ報酬を受けているのであって、そこで演奏される音楽はその一環のための道具・素材に過ぎないものであるから、著作権法適用範囲には該当しない」と主張する以外の道はない。実はこの展開の論陣も張られていて、マスコミが報道する時点で、わかりやすい部分での解説になった結果と、文字数の関係でこうなってるだけならいいんだが、どこの報道を見比べてもそうは読めないんだよなー。っていうか、訴状ではそういう趣旨になっていたはずで、そこから今回の意見も展開したのではないのか?

最後に、個人的に最も衝撃を受けた「毎日小学生新聞」の記事の双方の主張部分を紹介しよう。

JASRAC「曲を作った人に一円もお金が入らないのはおかしい」
音楽教室側「お金を払うと運営しにくくなる」

・・・(爆)

小学生向けなニュースでは、わかりやすくするのが基本だろうけど、その結果が流石にこんなまとめ方では、JASRACの主張にゴネてるだけという印象しか持たれないではないか。そしてそれは、たぶんまとめた記者の端的な印象でもあるはずで、そういうまとめしかできなかった記者がダメダメなのか、本当にそういう内容だったのか。まぁ他の記事を見ればどうだったのかはわかるけどね。

この論議とは別に、「ポップスやってる人は音楽教室上がりの人はほとんどいないから、音楽教室なくなっても、音楽文化の衰退には直結しないよ」と言ってる人もいて、その発言も一理あるとは思うけど、そもそも音楽を志す人が全員ポップスを目的にしてるわけでもない事を考えると、この意見は一面的すぎで、やはり音楽教室の衰退は全般的には良くないと思うよ。

カゴメ提訴により、伊藤園の特許が無効に(知財高裁)

・・・というニュースを受けて、2013年に登録されたという伊藤園の特許を検索してみたのだけど、これが8件ほどあって、どれなんだろうって感じ。登録の時期も1月〜9月とばらつきがあって、よくわからなかった。全件について一括で裁判になってる可能性もあるので、どれ、という特定はしなくてもいいかもしれない。

中身を見ると、請求の範囲は、飲料の中身の成分の数値範囲限定特許になっているものが多く、他には含有物質の直径の数値限定なども見られる。製法は複雑で、ここで書き出したらそれこそ明細書丸写しになってしまうので割愛するが、ここでの争点は、たぶん「効果」の点。

「○○な味わい」というのが多分に主観的で、その定義が定かではないので、記載不備、もしくは特許未完成という判断だと思われる。その味について、明細書を読む限りにおいては、被験者を多数使って、味覚チェックをかなりやっていることがうかがわれるのだけど、だからってそれで「濃厚」とか「さらっと」とか言われても、「それってどういうこと?」になるでしょう。

請求の範囲はあくまで成分のいろいろなパラメータの数値限定だから、その点では「明確」である、と言える。このあたりが難しいのだ。あくまで請求の範囲を中心にみれば、別に不備は感じられない。でもそれで、ほんとうに「この特許が目指した味わい」が再現できるのかっていうと、人によって感じ方が異なるわけだから、と。これは正直、僕が偉そうに解説できることじゃないか。どっちに転んでもおかしくはないような気がする。

Tレックスはやっぱりウロコに覆われていた?

数年前には「羽毛に覆われていた」とする説が発表されていたけど、この度、英王国協会の専門誌「バイオロジー レターズ」に、ウロコに覆われていたとする研究結果が発表されたとのこと。

まず一体どっちだ、と言いたくなるのはさておき、恐竜の体型とか、生態とか、僕が子供の頃に図鑑で見た形とはだいぶ違うようなものになっている。場合によっては、「そんな恐竜はいなかった」状態なものもあって、こういうのは、常日頃から興味をもって追いかけていないと、知ったかぶりしたらとんでもない恥をかくことになりかねない。

ま、遥か昔のティラノサウルス系は羽毛に覆われていたと言ってるので、全否定ではなさそうだけど、近縁種の祖先からは既に失われていた、という結論。

しかし・・・、こんな感じで、数年おきに、全く逆方向の研究結果を出されたりしたら、素人はたまったもんじゃない。「羽毛に覆われていた」なら「へー」みたいな意外性もあるけど、「やっぱウロコでした」って、ロマンのかけらもありゃしない(^_^;)。いや別に研究にロマンは不要で、必要なのは事実だってことは承知の上で、ううん、やっぱりおもしろくない〜。

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