みた、きいた、よんだ

ボヘミアン・ラプソディ

いささか時期遅れではあるけど、やっとスクリーンで見ることができた。

実は、BDされた直後にレンタルできたので、家で観てはいたのだけど、その時に「これはスクリーンで見なきゃダメだ」と感じた。通常とは逆だけど、それからまだ上映しているところを探すと言う展開になった。幸運なことに、結構近所でまだやってたので、滑り込んできたと言うわけ。

んとね、もちろんクライマックスはライブエイドの再現と言うところだ。展開は事実とは違うとされているところもあるんだけど、それはそれとしてフィクションとして楽しめばいい。ライブエイドの時は大学生だったのだが、全部は見ておらず、部分的に覚えてるだけだ。でもまぁ、ウェンブリースタジアムのあの雰囲気はよく再現されてると感じた。

スクリーン&大音量で見れたおかげで、家で音量を抑えてる時には聞こえなかった、もしくは聞き流していたいくつかの音が、ストーリーを追う上で意外と大事なところがあったり、家で見るのとは違う解釈が見出せたので、お金を出した甲斐はあった。どちらが先にしろ、ソフトは買うことになると思ったのだが、娘1が「買う」と宣言してくれたので、僕はそれを待つことに(^_^;)。次に家で再生する時はちょっとだけ大音量にしてみようか。

サンヒローのオリアス

今頃になって聴いてみるという。発売は1976年、イエスのヴォーカルだったジョン・アンダーソンが出したソロアルバム。

現在のクレジットではジョン・アンダーソン単独ということにはなっている。が、当時の国内版では帯に思いっきりヴァンゲリスの名前が書かれていたし、まぁジャケットにはクレジットされている。

それでも「単独」と書かなければいけなかったのにはわけがあり、ワーナーから出たこのレコード、当時ヴァンゲリスはRCAからLPを出していて(RCA三部作と言われていた頃、なぜかそのあとの「霊感の館」はカウントされないという^^;)、権利で問題が発生したから、という。

でもまぁ、聴いてみればそこはそれ、ヴァンゲリス風味たっぷりで、ジョン・アンド・ヴァンゲリス前夜といった雰囲気である。違うのは、作品集といった雰囲気が強いジョン・アンド・ヴァンゲリスのクレジット作品に対して、この作品は紛れもなくコンセプトアルバムになっているというところ。

何れにせよ、なかなか面白い仕上がりになっていて、もっと早く聴いておくべきだったなー、と思った。

スターウォーズ8、見てきたよ

土曜日に。

「ブレードランナー2049」よりは流石に混んではいたが、公開二日目の朝に席を探して、それを確保することができたっていうのは、やはり映画業界ってそれほど上向きじゃないのかね?これで映画音楽の著作権料を上乗せされたら、更に離れてしまうのかもしれないし、そこはよくよく検討すべきだと思う。

その話題はひとまず置いて、ネタバレにならないように感想を述べるというミッションに、またなるわけだけど(^^ゞ。んとね、「7」よりは面白かったと断言できる。役者もこなれてきた感じで、アクションも板についてきた感じ。ちょうど「4」から「5」にかけての感覚にダブるような印象を持った。

これ以上言及するとどうしてもネタを突っ込むことになりそうなので、ここまで。これで「7」を見直すと、そちらも多少は違う感想が出てくるかもしれない。

ブレードランナー2049、見てきた

まだ始まったばかりだから、ネタバレはよすけど、感想を一言で言うと「う〜ん」だった。

街並みの演出的なところに力入れ過ぎて、シナリオは、「あそこから続編を考えると、まぁそうなるよな」的な、つまり一言で言うと「ありきたり」で終わってしまうと言う感じ。主役のライアン・ゴズリングは頑張ってるけど、終盤にハリソン・フォードが出てくると完全に力不足。まぁ、今回の役回り上はそうならざるを得ないのは致し方ない。

何より、「ブレードランナー」自体は、やはりレプリカントに寿命が存在し、寿命に近くなったレプリカント(「ロイ・バッティ」=ルトガー・ハウアー)の焦燥感や絶望が色濃く出るのが味なんだけど、それが完全になくなっているため、話が冗長になりがち。で、こう言うのがウケると思ったのか、「敵方」の女性レプリカントがやはり破綻してると思う。「特製」と言う後付け設定もないし、それを「想像しろ」ってのは違うだろう。殺人の意味も理由も希薄、とてもリドリー・スコットが監修してるとは思えない展開と感じた。

そんな感じなので、何度か見ないと判断は下せないけど、今のところの評価は辛口の「3」である。板を買うかどうかは不明、レンタルで何度か見たらいいような気がするなぁ。

「この世界の片隅に」を観てきた

今頃、と言われそうだけど(^^ゞ。まだ上映していたのか、とも言われそうだけど。観た場所は、土浦セントラル。築30年をゆうに超えた、老舗というよりも単に古い映画館である。開館当時はスクリーンも4つあって、「最新鋭」だった。「トロン」とか、公開当時にここで観たんだけどね・・・(^^ゞ。まだ、筑波学園都市よりも土浦のほうが名が通っていた頃の、遠い記憶。いや、建物の構造は、その当時のままのものだったんだけどね。

今訪れてみると、「節電」と称して2つのスクリーンは閉鎖され、照明も必要最小限まで落とされ、入り口のエスカレータさえ止まっているという、「現在の土浦」を象徴するかのような、寂れた映画館になっており、専門学校で「観るように」と言われた娘1も「ここでほんとにやってるの?」と言うくらい。僕自信もネットで調べて「上映中」という情報を確保していなければ、「おいおい大丈夫か」と同じ感想を持っただろう。

映像機器的にも、ピンがやや甘く、音響も最新鋭という感じでは全然なかったけど、逆にこの映画にはこういうのが合ってたのではなかろうか、という別の感想を持ってしまった。むしろ、内容に関する感想なんて、言い尽くされてるだろうし、今更語る余地などないと思う。

原作は敢えて読んでいなかったので、新鮮に楽しめたし考えさせられた。ただ、回収されていない伏線のようなものが感じられたので、「完全版」みたいなものが作られればいいように思う。

訃報:ジョン・ウェットン

しかし今月の最初のエントリーは、明るくならなかったのだった・・・。

キング・クリムゾン、エイジアにいた、ジョン・ウェットンが1月31日、死去(67)。

エイジア名義では、「Phoenix」以降「Gravitas」まで、1~2年おきくらいにアルバムをリリースしていたところ、それ以降2年以上リリースがなくて、どうなったのかなと思ってたところ、突然こんな話になるとは思ってなかった。

基本的にはベース・ボーカル担当で、時に音を歪ませるほどの破壊力のあるベースサウンドが特徴、だったと思う。ボーカルも担当していて、こちらはグレッグ・レイク(この方も去年12月7日に亡くなっている)の影響を少なからず受けていただろう、というのが僕の感じ方。

しかし、レイクに続いて、次々と在籍したバンドのメンバーを失ったロバート・フリップ(キング・クリムゾン)や、キース・エマーソンを含めるとこの1年で3人も失ったカール・パーマーのコメントは悲痛で見てられない。本当にファンとしても寂しくなっていきますとも。

また今年も、こんな感じで訃報が続くのかなぁと思うと、元気も出ないんだけど、避けられない話でもあるし・・・。ご冥福をお祈りします。

「Over Drive」田川ヒロアキ

曲目
1. キミを乗せて
2. Straightforward〜Drive mix 
3. Driving Jam!
4. Landscape〜Drive mix 
5. 海岸通り
6.西の空


先日の筑波サーキットの観戦で、二つ特記したいことがあると前に書いた。ひとつは既に書いたND試乗なんだけど、もう一つがこちらになる。

サーキットのイベントって、もちろんレースがメインなんだけど、決してそれだけじゃない。スタンド裏とかのグッズ売店とかイベントとかもあるんだけど、ちょっとお金を奮発して、パドックに回ってみよう。

すると、タイミング次第だけど、本日出走するレーサーを間近で見られたり、サインを貰ったり、レースクイーンもそばを闊歩して行ったりするのだ。そして、パドック広場で行われる更にスペシャルなイベントなども。

今回、そんな中で行われたのが田川ヒロアキのミニライブ。マツダファンフェスタの公式ソング、CMに起用されたという話は聞いていたものの、テレビでちょっと流れるくらいだったので、申し訳ないけど、よく知っているというわけではなかった。

だから、ステージに登場した時、「ギターの持ち方が独特だな」と思ったのだけど、ライブが始まって、曲の感じとかそのテクニックとかが、僕の好みのど真ん中だったので、そのまま終了までいることに。そのライブで中心になっていて「ニューアルバム」と紹介されていたのがこれ、「Over Drive」というわけで、収録曲を中心にステージは組み立てられていたようだ。

今回がほぼ初体験ということもあり、この方が先天性の全盲だったとか、そんなことは後から知った話。ライブ会場でちょっとだけ触れていらしたようには思うけど、覚えちゃいない。そんなことは音楽にはほぼ関係ないということを改めて思い知った。

その場でもCDは販売していたんだけど、ライブって、独特の熱気があって、それにやられたんじゃないってことを確認するために、そのまま家に帰って、幾つか確認して、大丈夫と思ったので、公式サイトにて購入手続き。銀行振込とか手続きを踏んで、約2週間後に到着した。

中を開けてみると、スタッフの方の手書きの手紙が添えられていて、先日の豪雨の見舞いの言葉などもいただき、その丁寧な対応にも改めて感動。曲も好みだし、いろいろ活動もしてるみたいなので、今後もチェックしていこうと考えてる。

「アナザーストーリーズ」セナの巻

あのタンブレロコーナーの事故から21年。NHKでセナのことを取り上げるというので、折角だから見ることにした。

これは、もう何度も言及してるけど、セナの生前、僕は決してセナのファンではなかった。当時の同僚がセナの熱烈なファンで、僕はそんな彼について、というよりダシにして、日本GPを純粋に楽しみに出かけていた口だ。セナよりもプロストのほうが、僕には近かった。

それは、今にして考えれば、セナ以前のF1を見ていたからなんだろうなと思う。シューマッハが出てきて、初めてセナにシンパシーを感じたし、またアロンソが出てシューマッハを破るようになるとシューマッハを「好きではないながら応援している自分」を感じる。要は基本保守的なんだな、そんな感じがする。デビューから応援していたのはジャン・アレジやミカ・ハッキネンなど、意外と少数なんだな。

そんな僕でも、セナがタンブレロに散った時は、かなりの衝撃を受けた。もちろん、その前日のラッツェンバーガーにもショックを受けたのだけど、それで終わらなかっただけではなく、トップレーサーを巻き込んだことが、世界的に大きかったんだろうと。それ以降21年、F1でドライバーが亡くなる事故は起きていないが、今起きているF1の人気の低下とレギュレーションの改変への動きなど、あの当時と似た空気を感じることもある。アクティブサスでウィリアムズが連勝して、それが禁止になったという事実と、今のパワーユニットでメルセデスが連勝、あるいは17歳のマックス・フェルスタッペンが軽々とF1を操り、「F1への敷居が低くなった」と感じられていることなど、微妙に重なるような気がしている。

当時のセナについて、知らなかったこともやはり出てきたし、見てよかったと思う。でも、番組の作り方は、なんとなく無理に冷静に、第3者的にやろうとしていて、製作者の「熱」が伝わってこなかったのは面白くはなかったかな。毎回こんな感じでやるというフォーマットなんだろうけど、真木よう子の棒読みは気になった。進行に徹し、見た人に判断は委ねるという意図なのかもしれないけど。

Heaven And Earth

2014年7月に発売された、イエスの21枚目のアルバム。U2よりも先に購入したので。

メンバーは、ヴォーカルがジョン・デイヴィソン、ギターはスティーブ・ハウ、ベースはここだけは不動のクリス・スクワイア、キーボードがジェフリー・ダウンズ、ドラムがアラン・ホワイト、という顔ぶれなので、3年前の「Fly From Here」と比べて、ヴォーカルだけがベノワ・ディヴィッドから変更となっている。ジョン・アンダーソンの復帰はなかった。

さて、この4月、エイジアの「Gravitas」の時にもチラッと述べたけど、スティーブ・ハウがASIAとの掛け持ちをやめて、こちらに注力。一方のジェフリー・ダウンズはというと、エイジアが彼の主戦場であることは間違いない。というわけで、こちらはハウの曲が主体、ということになる。その分、ハウはのびのびやっていて、かと言って、俺が俺が、って感じもない。ダウンズはどこにいてもダウンズだけど、前作よりはエイジアにならないように抑えてる感じはする。っていうか、「みんなが抑え気味(?)」という表現がなんとなくしっくり来る出来かも知れない(あれ?)。

問題のジョン・デイヴィソンのヴォーカルだけど、アオリ文句では「ジョン・アンダーソンに激似」と書かれているが、僕の耳にはそんなことはなく(^^ゞ、どっちかっていうと、直前のベノワ・デイヴィッドの方に似ていて、彼よりは、アンダーソンにやや近づいた、という評価。頑張ってるとは思うけど、アンダーソンの声の伸び、響きを求めると、多分二人共「違う」になってしまう。それぞれの人には個性があり、ないものを求めてもダメということ。キーボード然り、ヴォーカル然り。

というわけな帰結として、エイジアにしろ、イエスにしろ、聴きやすくなったなぁ、とは思う。メンバーの個性がギラギラしてて、お互いを削り合うようなセッションはほんと少なくなった。まぁ、ガリガリやる年でもないのだろう。

が、改まって、これはプログレッシブか、と問われれば、それは違う、と答えるかな。あくまでもジャンルにこだわらずに、イエスというくくりで聴くことをお勧めする。「プログレじゃないけどイエスの音、ちょっとエイジア風味(^^ゞ」というのが一番ピッタリ来る表現だと思うのだ。

・・・なんか褒めてる感じがしない(^^ゞ。聴きやすいので、ってそこがすでに求めるものと違ってるのか。

Gravitas

2013年に、スティーブ・ハウがまた抜けて、代わりにサム・クールソンが加入したASIAのニューアルバム。よく続いてると思ってた。プログレ・バンドは、メンバーの入れ替わりってよくあることなので、今更、それを色々言うのもなーとは思いながらも。

スティーブ・ハウが脱退した理由は不明。2013年秋から、イエスが新たなアルバム作りを始めたという情報と無関係ではないような気がする。ハウにとってみれば、エイジアよりもイエスの方が重要であることは周知の事実。今回については、ダウンズや他のメンバーとの不和ではないように思うには、ダウンズもまだイエスに残ってるんだよね。どちらにしても、メンバーそれぞれいい年なので、注力するところは絞りたいかもしれない。

さて、代わりに入ったサム・クールソンだけど、見るからに若い(^^ゞ。ギターのサウンド、少なくとも音のチューニングについては、ハウの様式を引き継いだ感じはする。もちろん、リフの作り方とかはだいぶ違うし、ハウだったらこんなアレンジはしないかな、というところも多々ある。でもまぁ、ASIAの音としては、調和は思ったよりもとれている。速弾きとかやってるけど、それが逆に浮いた感じになってるのが気にはなるかな?

DVDがセットになっていて、そちらには、「Only Time Will Tell」「Heat Of The Moment」と82年のファーストアルバムの曲をクールソンが弾いているライブ映像が出てくるが、リフのアレンジにやはり手が入っているのがわかる。それでも、曲調に破綻は来していないし、悪くはないように思うが。

まー、結局、よくも悪くも、エイジアはダウンズ主導の曲作りということかな。イエスでは、たぶん今はハウとクリス・スクワイアでやっていると思われるので、違いは出るだろうし、いいのかな、と。

ドナ・・・ド?

最近、CD「バーチャルスター発生学」を入手した。まぁ、それだけで「なんで今頃、それ?」って感じなんだけど。

このCDの中に「ドナドナ」が入ってるんだけどw、それが流れてきたのを聴いて、娘1が一言。
「・・・ヤ、じゃなかったんだ・・・」

♪どやどやどーやーどぉ〜や〜♪
いや、ないだろ、それ。哀しい歌のはずのドナドナが一転・・・。どうしましょう。

瀬木貴将「マチュピチュの夜明け(EL AMANECER DE MACHU PICHU)」

Track List
1.Inka
2.マチュピチュの夜明け
3.コンドルの記憶
4.ハチドリのダンス
5.アタワルパ
6.ウルバンバ川
7.Inka "SOLO DE QUENA ver.”

瀬木貴将さんという、サンポーニャ・ケーナ奏者の演奏。

実は、今日、山梨県立考古博物館で、マチュピチュ「発見」100年記念の「インカ帝国展」を見てきたんだけど、その中で、所々でビデオを流していたんだけど、その映像の中に流れる音楽が、心地よく聴けて、売ってたらいいな、と思ってたんだ。見事に出口で売ってて、お買い上げ〜。

基本的に、ボリビアで活動してらっしゃるそうで、日本での活動開始は1995年から、ということみたい。全部聴いたけど、サンポーニャ・ケーナの幅広い演奏に感動。何と言ったらいいか、ジャンルにとらわれない感じで、すごく聴きやすく、わかりやすい、だけど深い、って感じかな。

え?インカ帝国展自体はどうだったのかって?いや〜知らないことがいっぱいわかって、すごく興味深く見られたよ。家族の誰よりも、長く見てたかもしれない。

PS. サンポーニャ・ケーナって書いたからって、これがひとつの楽器ではなく、サンポーニャとケーナは別の楽器である。念のため。

「The Alan Parsons Project That Never Was」(2010年1月書き直し)

Track list
1. Golden Key
2. Nothing Can Change My Mind
3. Rumour Goin’ Round
4. Any Other Day
5. I Can See Round Corners
6. Steal Your Heart Away
7. Along The Road Together
8. Somewhere in the Audience
9. Train to Wuxi
10. Immortal

と、ここまで機械的に書き込んだけど、ここで、どうしたものか、考え込んでしまった。取り敢えずは、トラックの話はひとまず置き、やはり個人的な話から始めることにしようか。

これまで、僕は、ここで音楽の話を意図的に避けてきた。この5年半で、4ヶ所のブログを転々とし、そろそろ2500のエントリー数になるのだが、音楽関係のエントリーはせいぜい両手で数えきる程度しか存在しない。個人的にその話題は封じてきたから。

理由はいろいろあるのだが、自分が音響メーカーに勤めているというのも大きい。オーディオの部署にいなくても、一応は「プロ」なのだ。そういうつもりで話をしなければならない、と思ってる。ま、そこは姿勢の問題だ。そう言う意味では音楽のジャンルやアーティストに対してはできるだけ「中立」でありたいと思う。

でもまぁ、人である以上は、どうしても避けられない「好み」という物が存在する。ここで、音楽は自分の聴きたいものを聴くのであって、しかし自分の聴きたいものが、他人の聴きたいものには、根源的に合致しない、ということが表面化する。他人に自分の好きなジャンルを力の限りにお勧めしても、相手が「これは違う」と感じたらそこまでなのだ。それはもう、イヤになるくらい何度も経験があるから。

なんて、したり顔で話をしたところで、僕の音楽の嗜好の中核を占めていた方が亡くなったのだ。ここは封印を解かせてもらって、ある程度突っ込んだ話をするのを許していただきたい、と思う。

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あららららららら・・・

「ディープ・グリーン」の第4巻を買ったら、Mi!Chaoが閉店につき最終巻って、ひどい。全然終わってないって、これ。

もったいないなぁ、なんとかならないかなぁ。先が絶対気になりますって。

ビートルズのリマスター版

深夜に行列が出来たとか出来なかったとか。

僕自身は、別段ビートルズのファン、と言うわけではない。アラン・パーソンズのファンではあるから、全く関係ない、というわけでもない。まぁ微妙な立場だね(^^ゞ。

リマスターされた、と聞くと、最近のAPPのアルバムが全部リマスターされて、ボーナストラックも投入された25周年記念CDを順次購入したところなので、音が違うだろうということはわかる。

ビートルズは特別だ、と言う人は多い。が、僕はビートルズから洋楽に入門したわけではないので、(時代も微妙に下だ)その世代ずっぽりと言う人たちよりは冷静に眺めることが出来る、と思っているし、さらに下の世代(「ビートルズなんか新しくない」という世代)とも違う。大体において、新しい世代の音楽で育った人たちが、古いものを古いというのは世の常で、そしてその当時の背景にはあまり注意を払わないのも一緒だ。

ビートルズの音楽は、それまでにあった音楽をぱくったもの、と言う説がある。だけど、そんなことは彼らを語るのには、本質じゃない。それまでに、そう言う音楽を始めたのが例え彼らじゃなかったとしても、それをメディアに載せて、一気に広めたのは彼らだ。そこに彼らの価値があるのだ。

マイケル・ジャクソンのダンスなんかもそうだ。今見れば今のダンスの動きのトレンドじゃない。だけど、それが今まで「見なかった」もの、だからそこに当時の価値があるのだ。それが本当は彼が始めたかどうかの論議も実は関係ない。それを「広めた」ことに意義があるのだ。そう言う意味で、ビートルズもしかり。つまり、それを商業ベースでいの一番に成功させたこと、そこだ。そう言う意味で、彼らは所詮「アイドルグループ」だったんだ、ということにしている。

実際、彼らのアルバムを順次聴いていくとする。テクニックはどんどん進化する。でも、アルバムコンセプトが一貫してなかったりする。その時々で「こんなものをやってみよう」で突っ走る。勢いと言えば聞こえはいいが、さて、冷静に、じゃあ彼らはどんな音楽を「自分たちの音」として表現したかったのだろう。そう言う意味では、解散した後の、それぞれのソロの方が、ずっと一貫性が取れている。僕はそう思う。もちろん、ソロになった後、誰もビートルズを上回れなかったわけだが、そこはともかく、自分のやりたかった音楽を表現できているかという意味では、ソロになった後の方がずっとちゃんと出来ているのだから、いいのではないか、と。

ひょっとして、ジョン・レノンがあんな死に方をしなかったら、80年代後半くらいに再結成って可能性はあったかも知れない。そうしたら、もっと「整合性の取れたビートルズ」を僕らは見られたかも知れない。事実はそうならなかったわけなので、これを言っても仕方ないが。

今、ビートルズを始めようと言う人には、僕は全部聴けとは言わない。まずはベストでも聴いておけば充分、かな。大方の他のグループと、扱いは同じかも。でも、それでいいんじゃないか?ファンになったら、全部集めればいい。そして、分析したいのなら、分析すればいい。でも、言っておくけど、ビートルズはロック黎明期の代表で、始まりかも知れないけど、決して「すべて」ではない。影響も大きかったけど、それで「終わり」でもない。いいところはちゃんと「いい」、悪いところは「悪い」と言えないと、分析できたことにはならないよ。

「Woolfson Sings the Alan Parsons Project That Never Was」

僕がこのアイテムの存在を知ったのは、実は4月くらいのこと。なぜすぐに手を伸ばさなかったかって言うと、その時点では、本家Alan Parsons Projectの方の30年記念バージョンのCDが出ていたことに遅ればせながら気がついて、そっちにかかりきりになっていたから。

こっちの30年記念のCD群も、僕が最初に買ったCDからするとリマスターバージョンなので音が一枚ベールが剥がれたようになってるのに加えて、ボーナストラックが嬉しすぎて、例えば、デビューアルバムのMistery And Imaginationなんて、CD化されたときに大きくリミックスが入ってたんだけど、それのLPオリジナルバージョンとの二枚組なうえにそれぞれにボーナストラック入ってるし。Eye In The Skyにしても、Siriusのアーリーミックスなんか、アルバム収録のバージョンよりも単独ならこっちの方がいいと思ったり、言いたいことはいっぱいあるんだけど、今はこのエリックのソロアルバムの方を。

Eric Woolfson。APPを知ってる人にはもうおなじみの、APPのメイントラックライターであり、リリックスもほとんどがこの人の手によるものであるというのは衆知の通り。1990以降、この人は、噂だとミュージカルの演出などの方に行ってしまった、と言うんだけど、それが、突然このアルバムだったりする。20年ぶり、しかもセルフプロデュースで、エンジニアリングにもアランの名前はクレジットされてない。なるほど「Never Was」なわけだ。

でもまぁ、聞いてみて、不安は吹き飛んだよ。この人の力は全然落ちてない。アラン単独の3枚より、曲は断然いいもん。もちろん、APP時代の作品もあるし、それは、APPのボーナストラックにインストゥルメンタルで入ってたり、エリックのガイドトラックとして紹介されてるものの完成品なども含まれてるんだけど、それは大したことじゃない。

まぁ、プロデュース自体は、アランならこんなシンプルなものにはならないだろうって感じのものも幾つかあるけど、それすら大きな問題にはならず、久しぶりにエリックのボーカルを堪能できてよかった。声質も声量も変わった感じがなかったし。写真はまぁ、さすがに「いいおじいちゃん」って感じになっちゃったけどね(^^ゞ。

また、一緒にやることはあるのかなぁ・・・?APPのファンとしては、もう一枚くらいどこかでやってくれると、嬉しいかもしれない、と思うけど。彼自身の手によるライナーノートでは、アランと彼とでは、常に意見が一致してたわけではないこと(まぁ当たり前だが)と、1990から時間が開きすぎてたこと、そしてアランの活動のベースが今はアメリカであることを理由に挙げている。このアルバムの成否が一つの方向をみちびきだす、かもしれない。

クリスタルスカル見てきた

正規には一応初日・・・なんだよね?
まー、例によって字幕版ってことを割り引いても、がらんがらんと鐘が鳴ってますけど・・・?

甲府の映画館で満員御礼って経験したことなかったけど、初日の二回目15分前に着いて、それでもどこでも座れちゃうよー?みたいなのって、どうだろう?人口が少ないってのはわかってる。でもね。

感想?そりゃもういつもの「インディ」って感じですよ。やっぱ娯楽はこんなでなきゃ。いつにも増して荒唐無稽って感じはしたけどね。いきなりネタバレできないからなー。見に行くんなら、楽しめることは間違いないでしょう。

「カスピアン王子の角笛」

てなわけで、子供たちを引き連れておきながら、しっかり「字幕スーパー版」で見てきました。

いいんです。子供たちには、またそのうちDVDを買います。

で、内容は・・・。う〜ん。映像はきれいだね。戦闘シーン長い。アクションも結構ある。
んでも、これでいいのかな?物語を追うだけの展開では眠くなるだろうから、スペクタクルっぽく作りたいのはわかるんだけど。これだと、この後の巻をどう続けていく気だろう?考えてしまった。

要は、想像してたのとはちょっと違うかな?と。DVDは買うつもりだし、これが悪いとは言わないけど、ちょっとね。

遅ればせながら

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やっと買った、ブレードランナーファイナルカット。

とにかく、買えたことを評価。

「ブレードランナー ファイナルカット」

ブレードランナーも最初の公開から25年になるんだね。自分の中ではそんなに時間が経ったとは思わなかったけど(^^ゞ。

僕は、このブレードランナーという作品、3種類ほどカットが違うのを見てる。完全版、タイレル社社長が殺される場面などをカットした公開バージョン、そしてエンディングなどが、かなり変化しているディレクターズカット。家にはディレクターズカットしか置いてないけど(^^ゞ。

82年に公開され、92年にディレクターズカットがリリースされた。ディレクターズカットから数えても15年。しかし、これでも監督、リドリー・スコットは満足してなかったみたいだ。で、この度のファイナルカットの登場と相成ったわけだという。ベネチア国際映画祭にも出品され、新作よりも入りが多いって言うから、この作品の人気がいかほどかってのがわかるってもんだ。

このカットによって、ブレードランナーという、よく知られた作品がどのように変わっているのかというのは、やっぱり見てみたい。DVDは限定版(って、通常版があるのかどうかもわからんのにいきなり限定とは)が12月14日に発売されるのだそうな。

BD、HD-DVDはこのファイナルカットのみ、DVDはファイナルカットと僕が見たと思われる3つのバージョンと「ワークプリント」と呼ばれるバージョンも収納された5枚組。単純に欲しいので、また予算立てをしなきゃ(^^ゞ。

時期的に、サンタさんが現れてくれないかな〜(。_・☆\ ベキバキ

「Stand Up」


このところ、僕が聴く音楽と言えば、全くの新譜、新人というのはあまり例がなく、それなりにキャリアのあるミュージシャンの新譜もしくはCD化された古い音源、と言うことが多かった。最近のミュージックシーンが僕の肌に合わないことが多かったことが基本的な原因だ。

それを、自分の感性が時代遅れになったとか、自分の情報キャッチ能力が落ちたとか。まぁいろいろな原因はあるけど、そもそも、僕の好み自体、いわゆるメインストリームからはちょっと引いた場所にいるグループだったりするのよね。で、本当は、そう言うのを捕まえるには、本とか読んだってわかりっこない。かと言って、片っ端からCD買い漁るほどの財力もないし、ビミョーな時間帯のFMを聴きまくる程の時間も取れる立場じゃないので、ほんとにたまたま当たったものしかないわけだ。そんな状況で、一曲だけ聴いて「いいなぁ」と思うことはあっても、さらにそれだけで「CD買っちゃおう」にはなかなかならない。


そんな僕がほんと、十数年ぶり(^^ゞに一曲だけ聴いた瞬間に一発衝動買いをかましたのが、Blue King Brownの「Stand Up」ってわけだ。

。オーストラリアのグループだという。オーストラリアって言うと誰を思い出す?Air Supply、Men At Work、Rick Springfield・・・う〜ん・・・(^^ゞ。あ、方向性は全然違いますから(^^ゞ。

ジャンル分けはレゲエみたいなされかただけど、そんな感じなのは半分あるかな?一曲だけ聴いたっていうのが、実はオープニングナンバーの「Come And Check Your Head」なんだけど、これなんかどっちかっていうとアフリカンビートだ。割とパーカッションが前面に出ていて、それにリードヴォーカルのナタリーの声が乗る。歌詞はメッセージ性が強いが、そんなことは置いても良い感じ。まだまだ自分の感覚も捨てたもんじゃないな(爆)。

RYDEEN79/07

う〜ん、びみょー。

敢えて曲の旋律、そして展開を変えず、アレンジだけ変えて勝負した感じだ。

あの「RYDEEN」があって初めて成立する手法で、あくまで「リメイク」として考えれば、この手法は「あり」と言えるんだけど、完全新譜として考えると、どうだろう?そう考えると、こんなアレンジはやらないだろう、と言える。

悪くない、悪くはない、だけど、その「原曲依存体質」とも言えるものが、手放しで賞賛することを否定させる。

僕らの世代、YMOをリアルタイムで聴き込んだ世代にこそ、そのアレンジは受け入れられる。裏返せば、そのあざとさが邪魔をする。僕には、やはり、YMOは終わったんだ、そう感じさせるのだった。

The Police再結成?・・・まさか。

The Policeがどうやら復活するらしい、と言うウワサ、情報は年明けからあったけど、かなり信憑性が高いようだ。早ければ、グラミー・アワーズで演るとか。

まぁ、希望的観測をしても、ワンナイト・セッションで終わるんじゃないかというのが僕の見方。少なくともスティングはソロでちゃんと活動してるし、また3人でやる理由がないよ。まぁ、彼に比べれば、他の二人は、やや苦しいようにも見えるが(^^ゞ。スチュワートのドラムワークは好きなんだけどー、黙ってるのさー♪(なんで!)

どれだけ時間が過ぎても、グループの解散後、メンバー個人として、その全員が、ソロでもそれなり以上の成果を上げたのは、やっぱりビートルズが最初で最後なのかね。ちゃんと調べてないからわからないけど・・・。

もちろん、折角集まるんなら、何らかの新譜を期待したいところ。あるのかな?ないような気がするけどな、解散の経緯を覚えてるだけに、・・・。

機動戦士ZガンダムIII〜星の鼓動は愛〜

てなわけで、やっと見た第2弾&連発っ。

ネオジオンとの邂逅〜ラストまでですな。
ちなみに、2回目の地上降下〜ダカールの下りはまるまるカットされてる。つまりディジェに乗るアムロという、全然似合わないなぁ、というシーンは見られないわけで。

終盤、ティターンズ、エゥーゴ、ジュピトリアン、ネオ・ジオンの相関が流動的になり、話が複雑になるのだが、それをわずか2時間ほどに収めようとしているため、さっき手を組んだと思ったものたちがいきなり反目しているように見えたり、TV版を見ていない人にはちょっとお勧めできないほど話が早く流れる。

この尺の中なので、死ぬべき人たちはどんどん死ぬ。まぁ、全員死ななきゃ始まらないイデオンほどではないにしろ、ガンダム系の中では、主要キャラ、というか主人公の属する側のキャラ殉職率が一番高いのではないだろうか(いちいち数えちゃいないが)。

そんなモノを感じつつゆっくりと危うさを増していくカミーユというのがTV版だったはずだが、今回のカミーユはなかなか芯が強く作られていて、それはある意味わかりやすい、というか、あっさりしたラストに繋がる。このエンディングの落差のため、元を知っていると違和感はやっぱりあるね。というか、このあとの話は180度違うモノになるはず。

そういう意味で、これによって、TV版ガンダムZZの存在意義は危うくなった、というか、ほとんど無いに近い。カミーユ健在なら、そのままではジュドーはじめとする「シャングリラチルドレン」の立ち位置がない。従って、これに続くべき「ZZ」というのは、考えにくくされている。極論、このままカミーユがハマーンを墜としても、取り敢えずは違和感が生じない。で、そのまま逆シャアに繋げる、それでいいじゃん、と言う主張のように見える。

ま、ZZという作品、Zの色を払拭するためか、前半はおちゃらけが過ぎ、後半はシリアス度は上がるもののハマーンに振り回され、作品としてのまとまりとしては、現状ではあまりうまくない、とは言える。

しかし、考えてみれば、このZから逆シャアへは、すんなりとは繋がらない。TV版Zのエンディング=カミーユはリタイヤ(ジュドーは木星行きでいない)という経緯があって、初めて逆シャアがシャアとアムロの対決に落ちる作りだ。また、それならそれで、ここで生き残ったハマーンとの決着までが「Zガンダム」として語られねばならないし、そうでないのであれば、そこを埋める作業としてのZZの新版は必須、ということになる。当然、あらすじから全然違うものになるのは覚悟で。

逆に、「カミーユ健在」を前提に逆シャアを見た場合でも、その舞台にカミーユがいない理由が、これではないため、大きな違和感を感じざるを得なくなる。この作品に置いても、カミーユとシャアの因縁には、浅からぬものがあるとわかる。ならば、最後はアムロとシャアで落とすにしても、もっと話は複雑になるはずだ。

やはり、そのギャップを埋めるべく、ZZ、もしくは逆シャアについて、そのどちらか、あるいは両方ともが、本来ならもう一度語られねばなるまい。僕はそのように感じた。

ただ、問題は、・・・。

トップをねらえ!2

やっとこ最終巻を見た。
なんせ7泊8日にならないと見ない人なので(^^ゞ。

第4巻くらいから盛り上がってくるんだけど、最終巻を見ないと、全部が繋がることはない、と思われる。最後は「トップ1」にちゃんと繋がることも含め、最初の第1巻で、呆れず、慌てず騒がず、がっかりもせずに、根気よく全部見ることが肝要である(^^ゞ。

・・・とは言え、最初が説明不足の感があり、伏線も多くはない、っていうか、そもそも「1」の存在が前提で作られてることもわかりにくい。普通に考えると、第3巻くらいで力尽きるかも。皮肉か計算か、その次からが盛り上がるって寸法だ。振り返って思えば、納得できる部分もあるけど。

第6巻から見て、第1巻に戻る、という見方もありかもしれない。

Xenon・・・

僕らの世代なら、「ビッグスピリッツ」の前身で、今はなき「少年ビッグ」で連載され、途中で打ち切り?になった「重機甲兵ゼノン」を懐かしく思い出す人もいるだろう。

それが、「リュウ」って雑誌が創刊になって「Xenon」として復活、とか言うから、ちょいと見てみたんだ。

実のところ、この作品、これまた今はない「ヤングマガジンアッパーズ」にて「鋼」を連載してたときに、再販された単行本で、一度、そして一応の完結を見ている。もちろん、それを読まされたときには、一気にダイジェストで片が付いていて、なんじゃこりゃ、と思ったものだ。

その後、作者の神埼将臣、「鋼」連載終了後、なにやらご病気だったそうで、同じく「〜アッパーズ」での連載「ブルーバック」の途中で突然見かけなくなった。次に見かけるのは「kaze」完全版というわけで。こっちの方も、やっぱり「少年キャプテン」の休刊により未完になっていた(てか、この人、未完の作品がホントに多いんですよ(^^ゞ)のだが、数百ページ書き下ろして、綺麗に完結していた。それが約1年くらい前、かな?

で、話は元に戻って「Xenon」だ。「復活」とか言うから、良くてリメイク、下手すると流行のダメ「2」企画かと思ってたんだ。読んでびっくり、まさに「少年ビッグ」で終わった直後から何の説明もなくいきなり再開されていた。これ、最初の「重機甲兵ゼノン」読んでないとついて行けない、だけどその当時からチェックしてた人にとっては、まさにそのまま続きを描くっていうんだから、その意気だけで「買い」だよねぇ。

絵柄は変わっちゃってるけど、あのときの決着をホントにつけてもらえるんなら、それはそれでいいのではないか、そう思うのだった。

「ライオンと魔女」

巷では、本日発売のはずの「ライオンと魔女」。
Amazonで買ったので、昨日到着していた。
僕は子供たち連れて劇場で見てきたんだが、かみさんは見てなかったため、早速夜中に上映会。

僕自身は、一度見ちゃったし、かなり余裕。邦訳本とは違う部分もかなり見つかる。見てない人のために、詳細は避けるが。第2話が制作中だけど、こっちでどうなってくるか・・・。

今、一番興味があるのは「ターキッシュ・デライト」ってどんな味?ってところかな(笑)。あの影像から想像するに、かなりえぐい味なんじゃないかと・・・(^^ゞ。劇場で見たときに「プリンじゃない!」とショックを受けた日本人がどれくらいいるかしらん?

それはそうと、3月いっぱいで返却するはずだったPDP-436HDなんだが、実を言うとまだ家にあったりして(笑)。それどころか、まだ何のレポートの提出命令も来てない。やる気あるんかいな、ウチの開発部隊は(^^ゞ。ま、個人的には大歓迎だ(。_・☆\ ベキバキ。

おかげで今朝は起きるのがちょっとつらかったんだけど、三度目の正直でラジオ体操ができたので、まぁまぁですな(^^ゞ。

ファンタスティック・フォー

まぁ、結局7泊8日ものなんですが(笑)。
宇宙忍者ゴームズいやファンタスティック・フォー見ちゃいました(^^ゞ。

う〜ん、まぁなんだ、基本は思わず取消線しちゃったけど、中身は、なんだかんだと言ってもやっぱり「宇宙忍者ゴームズ」でしょう(笑)。いや、ガンロク(ベン)は「ムッシュムラムラ・・・」とは言いませんし(最近はこの言葉だけが一人歩きしてますが(^^ゞ、もともとはここだと思います(^^ゞ)、そもそも変身ではなく変わりっぱなしで、人間スタイルに戻りませんが(爆)。

ストーリー的には、宇宙空間での実験中に宇宙嵐に巻き込まれた5人が、それぞれ個別に超能力を持っちゃう、と。で、スポンサーっぽい一人が悪に転ぶのを4人がかりでボコると(すげー言われ様だ(^^ゞ)。

まぁ、アニメとは違って、それぞれに苦悩を抱く部分はあるので、そこはまぁいいでしょう。まぁ、アニメじゃなく、CGでここまで再現できるようになりました的な見物としてはいいのではないでしょうか。人気の盛り上がり次第で「2」もやるよ見え見えの終わり方も、そう言う見方でいけば、「あり」なんでしょう。X-MENとどっちがいい?的な状況ですが、この調子で「電子鳥人Uバード」もやるんでしょうか(爆)

個人的には、「ダーク・エンジェル」の頃から、ジェシカ・アルバはチェックしてたので・・・。何も考えずに、映像を楽しむっていうことで見たらいいのではないかと思います。題材的には、X-MENよりも軽い様な気がしますです。


機動戦士ZガンダムII 恋人たち

ま、レンタルも7泊8日にならないと見ることもできないくらい、個人的な小遣いの余裕はない(^^ゞ。

取り敢えず、表題のもの、見ました。

んと、よく言われているように、古いフィルムの使い回し部分と新作部分では、明らかに映像の質が変わる。それを「そういうもの」と見るか「ちょっと・・・」と見るかだけでも評価は大きく変わると思われる。

取り敢えず「そういうもの」と割り切って話を進める。
台詞回しもTV版とはだいぶ違うため、旧来のZガンダムファンがいるとすれば、その差には場合によってはとまどいも覚えるのでは。

「流石アムロ・レイだ。優しく抱いたな」
・・・その瞬間、いきなり「しゃべるな!」まで脳内ワープしちゃうかも(^^ゞ。

フォウの声優交代でいろいろと論議を醸し出した今作ではある。この部分に関しても、人それぞれあると思うんだけど、僕個人としては、フォウの声優交代には驚くほど違和感を感じなかった。むしろ「ゆかな」という声優はうまく新しいフォウにマッチしたのでは、と思う。

「だったらもっと私に優しくしてよ!」
ここらへんがカミーユとアムロの差か。
「流石アムロ・レイだ。優しく抱いたな」だから「しゃべるな!」

むしろ、違和感はそれ以外の声優変更、サラ・ザビアロフ、ファ・ユイリィには感じる部分が多かった。まぁ、それさえも割り切るというならそれもよし。

話の展開は速いし、TV版みてないとついて行けないかも?それにしたって、フォウの死に様(ミハルかと思っちゃったよ(^^ゞ)とその直後のカミーユのファに対する態度とか、そう言う部分になんだかなー、と言う部分も感じつつ、Zガンダム来てからも、なんだか、Zっていったってそんなに強く描かれてないじゃんと、消化不良で終わる感じだ。IIIへの繫ぎ、と言う意味で、IIIを見るまでは、真実評価はできないと思われるよ。

え?IIIは8月26日発売!?そんなに待たされるのか!


Zガンダム(星を継ぐもの)

結局、DVDになった上に、新作からはずれないと見られないヤツ、それが僕だ(^^ゞ。

しかし、なんつーかね。いきなり「やってみるさ!」で始まるんかい(笑)。カミーユもなんかやっぱりキレキャラだし。これが2、3になると変わっていくのかね?

エージングとかいろいろ言ってるけど、古い絵と新作カットの落差は、言われているように大きいと思う。

で、かなり駆け足なんですけど、話の展開。
TV版見てないと、苦しいかも知れないし、でも微妙に違う(だからNew Transletionなんだろうけど)ので、TV版見てても「これでよかったのかなぁ」と思える場所がいくつか。まぁ、最後まで見てから、善し悪しは判断しよう、そう思う。

・・・いつになるかな(^^ゞ?

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