からふる

茨城空港の英語表記

一時期はどうなることかと思ったけど、ちゃんと「Ibaraki International Airport」で決着したので良かった。

最初の案ではあろうことかその前に「Tokyo」とか、コンプレックス丸出しの余計な一語が付いていて、情けないと思っていたのだけど、そういう意見が多かったのだろう、白紙に戻って何より。

名前が変わったからそれで飛行機が来るわけではない・・・とは思うけどね。

再び仙台へ

この前は4月初旬だったのだけど、それと比べてあまり変わらない、新幹線の混雑具合だった。違うのは上野も仙台も、開いている売店がほとんどないこと(特にホーム)。あ、でも、ひとつの車両だけど、きっと団体利用なのだろう、30席くらいみっちり詰まっていて、そういうのも増えていくんだなぁと感じた。

常磐線は、というと、先週の倍くらいの入りで、マスクをしてない人もちらほら。先週は全員マスクをしていたのを見てるだけに、人が増えればマスクを持ってない人もいるだろうし、緊急事態宣言が解除になれば、そういう人たちもあるいは通勤、あるいは通学しなければいけない。制服の子たちも結構いたし、それでもやっていくしかないもんね。今年の受験生は大変だよね、って、自分の息子もそうなはずなのだが、あんまり緊張感ないのよね。条件は一緒、どれだけじぶんでやったかがすべて。ちゃんと行きたいところに行ければいいとは思う。

言論の自由の裏には

もちろんその言動に対する責任ってやつが発生する。それを知らない、もしくは無視する奴らが、特にSNSには多いのだけど、その責任を取ることができない人には、本来は自由もない。

そんなわけで、だからこそ匿名で話をするときには、実名で話をするとき以上にその言葉に気を付けなければいけない、というのが、僕らには当然のこととして身に染みついている。それでも失言は避けられないし、人間であれば翻意もあるので、過去の話とは食い違うこともある。それは仕方のないことだが、確信的に自分のひと時の正義感だけでセットに言い散らかすのはは許されないことなわけだ。

それは、人を貶めること、不幸にして失敗してしまった人を必要以上に叩くこと、などが含まれる。自分が失敗しない確証がない以上、自分が失敗したときに同じように叩かれる覚悟があるのかどうか、それをよく考えて話はするべき。そこまで考えれば、逆に、ときに強い言葉を吐いたとして、あまり逸脱したことを言わずに済むだろう。

なんてことをこの数日、つらつらと考えてしまうわけだ。ひとつの事柄が引き金ではなく、最近のいくつかの事象を見ていると、みんなストレスが溜まっているのだろうけど、そのストレスが一か所に向かう傾向が見えるんだよね。そんなことを、言葉は違うけど、内容は同じことを。

何度目かはわからないけど、また記してみる。

久々に都内に出る

う〜ん、都内に出るのは2か月ぶりくらいだろうか。どんな感じなのか、ちょっと心配しながら常磐線に乗る。やはり、テレワークや自宅待機の影響があるのだろう、いつも乗る時間帯の常磐線だが、客の数は半分以下、立ち客はほとんどいない感じ。通常の1/3以下、くらいには思えた。

その感覚は、山手線に乗り換えてもあまり変わらず。普段もこれくらいの乗客なら、かなり楽な感じになる。無論、これでは経済がうまく回るとはとても思えない。テレワークがうまく働く職種もあるとは思うが、そういう職種ばかりでは全然ない、むしろそういうほうが多いはず。いわゆる生産者という立場は、生産の現場にいないと仕事は始まらないし進まない。そういう労働者は以前から正当な敬意を得られていないように感じているが、みんなテレワークをしましょう、なんでできないの、なんて簡単に言える人は、そういう視点が抜けてるのだ。

それにしても、さすがに1週間ほど前、緊急事態宣言が出されていたころよりは、人は増えているのだろう、人気がないという感じではなかった。このままもうしばらくは人が戻ってくる感じで、その後に第2波がやってくる、なんてことは全然望んではいないけど、きっとそんな感じになるんだろうなぁ。それでもやらなければいけないことはやらなければ。

そういうことか。

これまで、「緩和」と「緩み」は同じなんじゃ、と思っていたのだけど、茨城が特定警戒区域から解除になった今朝、数日ぶりに(解除になっていない)都内に出勤する娘1が「もう手袋とかいらないかなぁ」と言い出すのを聞いて、「あ〜そういうことか」と。

「緩和」は公的な機関の決定、「緩み」は個人の意識なんだね。そんなことも実際起きてみないとわからないものなのか。反省した。

疑問

患者数の発表って、なぜ「累計」なんだろう?
そんな絶対減らない数でどんどん増やしていくことに何の意味があるのだろう。

重要なのは「今の患者数」で、公表すべきなのはその今の患者数と、快癒した人の数なのでは。いや、もちろん新たにり患した方の数は必要だとは思うけど。あとほしいのは検査人数ね。それらがあって、初めて見てる人も客観的な判断ができるはず。なぜ、それらを出さないのだろう。一般の人たちをバカ扱いしてるからこうなるんだよね。必要以上に恐怖心をあおるには、絶対減らない数の上乗せが一番だから。

そうじゃない?インタビューとか取り上げるのも間違いなく「重症になった人」だよね。そうならない方のほうが圧倒的に多いにもかかわらず。絶対的に恣意が入ってるんだ。まぁ、そんな必死にならずとも、危うきには近寄らないことを基本に考えるけどね。

とりあえず。

世間では一つの山を越えたと思われてるんだろうな。

だから、経済活動を再開させないと、と思ってる人も多いのだろう。それにはあまり反対はできないと思うし、むしろ「○×の業種は休業を要請」っていうのが、結果的に要請された側の自由度が認められなかった、要請を断ると「不謹慎」と騒ぐ、その全体主義的な日本人の特質が見えたこの期間となったように思う。結局日本は戦時からあまり進歩できてないのだろうな。

でもまぁ、そのおかげで「ロックダウン」とか強硬な姿勢をとらなくても結果は一緒という部分ではそれもそう悪くないのかな、とも思う自分がいたりして、そのあたりは表裏一体なのかもしれない。

緊急事態が解除されるのは悪くないけど、解除されたわーい、は、できる限りなしにしてほしいものだ。仮免許くらいの意識でいるのがいいんだと、そう思う。

僕の職場(部署)では、・・・

とりあえず、僕の分の自宅待機や在宅勤務は解除となった。

知的財産という仕事、結局は営業さんとは違う意味で、人に会わないと仕事にならないわけで、外出できないというのはかなりのダメージ。人事異動で新しい人が入ってきて、そちらの教育も考えなければいけない。やってるのを見て覚えるタイプの職業ではないし、知識を持つことが始まりの一歩なので、ここでも会話をしないといけないという・・・。

しかもこの道、一度分け入ったら二度と離れることはできない。たとえこの部署を離れたとしても、移動した先ではその知識の使用を期待されるし、それが当然な世界。離れた先でもコミュニケーションを必要とするわけで、それを認識してなかった時代の自分にはある意味がっかりしてるなんて無駄な後悔も織り込みつつ、そんなこんなで、出社できるのは悪くない。

まぁ、今後どうなるかはまだまだ流動的だけど、それでも出られるうちにできることだけはちゃんとしていかないとね。

緩んでるのかねぇ

引きこもっていようとしても、必要なものくらいは買いに出ないといけない。そんなわけで、買い物に出るのだけど、とても気になるのが回転ずし。別に自分が食べたくて気にしてるわけではなく、その混み具合。駐車場には車がいっぱいで、普通に待合室に人がたまっている。

それ以前に、レーンを流れてくる寿司を、取りたいのかどうかという点で、現状で僕が行きたいかっていうと、完全に「ない」んだけど、そういうのは全然気にしない人が多いっていうのがかなりの驚きなんだけどね。それでいながら、他の人が感染してるとそれを責めるとか、全然あり得ない。どこまで自分勝手な人々が多いのかねぇ。

自分のこととしての想像ができてないからの行動なのだろうけど、それにしても・・・。

引きこもりお家キャンプ

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前回は鳥手羽元のオレンジジュース煮だったけど、今回はトンポーローで。

ステンの七輪を新調。サイズ的にもちょうどよく、しばらくはこれで休みもストレス少なく過ごせるといいかなー。

なんでわざわざ

この時期に観光地に出向くのか。よくわからないんだけど、観光地の経済のことを考えてる、ようにはちょっと思えないんだよね。

混雑してるのを見ても、そこへ行くのをやめないという判断もしてしまうし、ほんと、理解できないんだけど・・・。

自宅待機

うん、自宅で仕事をするっていうのは。

たまに休日に仕事を持ち帰ることはあったし、持ち帰った仕事をすることは、もちろんかなり昔からあったこと。働き方改革だなんだと言われるようになる前には、やらざるを得ない状況ってのもあったし、それこそ「24時間戦う」しかない時代もあったし。

でも、それが自分の裁量ではなく、ミッションとして設定される。いや、「待機」という名称なら、本来仕事をしなくても何か言われるものではないはずなのだけど、それに甘えてしまっていいのかとか、やはり考えてしまうし、そもそも仕事をするために就職したんだし転職もしたわけなのだから、仕事をすることに異論はない。

ないけど、自宅で仕事をするっていうのは、公私を切り分けにくくなる。自宅で仕事をするって結局はそういうことなのよね。それが会社の仕事か、自営の仕事かっていうのはそれほど関係ないような気がする。在宅勤務が今後広まると言われているけど、それは、やはりオンとオフの切り替えが難しくなり、働き方改革という意味が逆転するのではなかろうかと感じている。

つくばも交番で自宅待機

自動車で通勤してるし、混雑や「密」にはあまり縁はないかな、とも思ってたけど、職場ではやはり一応「密」な部分はあるわけなので、そういうお達しはいつあってもおかしくはなかった、茨城が「警戒県」っていうことになった直後に出ても、という感じではあったけど、とりあえずそういうことになった。

一応5月6日までというのが国から指定されてる期間ではあるけど、これですっと収まるともあまり思えないのよね。それでも、いい方向に向かうだろうと信じて、今は謹慎生活を。

引きこもりにはダッチオーブン・・・?

ま、庭に七輪出して、火を使うくらいはいいんじゃないかと。ともかく、火を囲んで家族とともに、みたいな感じで親父料理(^_^;)。

子供たちが喜んでくれるんなら、それでいいかなと。家キャンプみたいな感じで、僕も楽しんだし、こういうのもアリではないかとね。

今日は多少方向を変えて

かなり強い雨が降ったので、外出がどうのこうのって状況ではなかったというお話。

そんな中、洗って数日使えるポリのマスクを購入したんだけど、やっと届いた、今噂になってる例の布マスクは小さいというもっぱらの評判だけど、今回購入したのは大きさも十分で、不織布のマスクがなくなっても、しばらくは持ちこたえることができる見通し。

今後テレワークとか自宅待機とかが増えたり続いたりすれば、逆説的にマスクを使う場面も少なくなったりするはずだし、それでマスクの品不足が少しでも解消されるのであれば、それも世のため、なのかもしれないね。

書くべきことがなくならない

こんな状況だから、と言えばそれまでだけど、しかしホントに。

自分の都や県のパチンコ屋が休業要請で休みだからって、他の件にパチンコ屋に遠征するとか、本気で何考えてるんだ、むしろ何も考えてないだろう。

こういう人たちが、不幸の種をばらまくのだ。そこの住民にはどうすることもできない。溜息しか出ない・・・。

とりあえず、現状では

冷静に考えれば、感染された方は、まだ一万分の一。

問題は、重症になったらその症状が激烈なのと、亡くなる場合はあっという間という事実。だから、気を付けるに越したことはない。

でも、最初の状況が、自分を甘やかす。このアンバランスさが、気のゆるみを誘うのではなかろうか。そんな気がするのだ。

引きこもりな休日

とは言っても、食事のため、外食はしなくても買い物はしなければならない。そんな状況で、「8割削減」とか、まず無理なことは誰でもわかる。だけど、「空いてるだろう」って言いながら通常の時間に買い物に行くから、結局みんなかち合って混雑が生まれるわけで、買い物も「時差」が必要になるということに思い至らないと、何のことはない、いつもと一緒ってことになる。

通常の生活に、どれくらいの工夫を講じることができるか。そこが試されているのだ。たぶん。

敢えて

世の中の危機感が足りないのはわかった上で言えば。

結局のところ、それを言い訳にして、強い言葉、極論すれば暴言がまかりとおっておるという不思議。強い言葉を発すれば、みんな従うんじゃないか、少なくとも耳を傾けるんじゃないかという幻想にとらわれている。

それと誰かに対する批判もしくは非難。批判して何かが変わるわけではないのに、言わなければ気が済まない状況。

でも、それでいいんだろうか。それって、ただの自分の立ち位置の確認にしかなっておらず、自己満足の世界なのでは。自己満足の話なら、おおっぴらにするもんじゃない。それを感じるから、僕の中では昨日からの措置がある。広めないといけない事実と、広めるために、必要悪的にセットで広がる負の感情と。そのジレンマの中に僕たちはある。

こんなやり方しかできないのか、僕たちは。自分の中には忸怩たる思いが、確実にあるように感じる。少なくとも、強い言葉で発するのは、そういうことが得意な誰かに任せることにしよう。

まさに雑記

とりあえず、今の僕の思いを日記のように書く。それが、このブログを立ち上げたときの考え方だったような。そこに立ち返れば、現在、自分だっていつ新型コロナに感染して、入院あるいはもっとひどい状態になるかわからないわけだ。

だったら、今のうちに自分の今の思いを書くことが、別に求められちゃいないけど、僕としては必要なのかも。今や誰も見てない場所となっているこの場所で、言いたいことを言ってすっきりするという背徳感は魅力的かもしれない。言っちゃいけないことには気を付ける必要はあるけどさ。そんなわけで、twitter連携もこのエントリーからは外していくことに。こんなとこにブログを開いておきながら、あまり広げたくないという二律背反。来る人は拒まず、付いてこれる人だけどうぞ、っていうのが元からの本当のコンセプトだったはずだよね。本当の意味でそこに戻ることにした。少なくともちょっとの間はエントリー数は増えると思うので、よろしく。

さて、そんな前置きはともかく、緊急事態宣言の安倍首相の表情や言葉の緩さは気にはなったけど、その一つ一つを丁寧に分析してあーでもないこーでもないと分析する暇さ加減にも、言いようのない緩さを感じる。「緊急事態なのに」そっくりそのままどちらにも当てはまる。

こういうのもある種の「情報」だから、それがあるのは構わない。こうやって見ちゃってるわけだし、それで何を思うかっていうのが重要なんだろうけど、その情報が、自分が見たいものでなかったときに、文句が出るのだろう。仕方ない。せめて、文句ばかりの今後にならないことを、戒めていくしか。「言いたいこと言う」というコンセプトが早くもぶれている感じもあるけど、そもそも人の考えなんて鉄板じゃないんだから、それを大層に突っ込む人の気が知れない。

箱根駅伝

全部は見てられないけどね(^_^;)。

今年は、筑波大学が26年ぶりに出場ということで、出身大学が出場するなら応援しようかなというところで。予選会から出場しているところは、コンディションの調整がうまくいかないことが多いという。ま、結果を見ると19位ということなので、やはり久々に出場ということではうまくいかないのかな。

明日も横目で見ながらって感じかなぁ・・・。

謹賀新年

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まあ、今年からは、せっかく初詣にいくのであれば、ここに行くべき、というわけで。

有名神社だから、元日は激混みに違いないと思っていたところ、実は人がいなくなる時間帯があるそうで、そこに合わせて行ってみたら、なるほどすんなりご参拝できた。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします。

冬至の朝

今年就職した娘1をこうやって6時前に駅まで送って来る。

そうすると、もちろん「朝」の割り振りなんだろうけど、気分は「夜」なんだよなぁ。去年までも6時には起きてたし、暗いなぁとは感じていたけど、家の中にいるのと、外に出るのとは、感じ方が全く違う。この感覚、毛呂山から所沢に通っていた時代以来だな。

また明日から、昼の時間が増えるっていうのが、単純に嬉しくなってくるんだなー。夜が嫌いってわけではないけど、やはり出かけるのは明るくなってからの方がいいような気は、するのだった。

低空気分

寒いと気分が上がらない、ような気がする。年末気分と混じってるんだろうけど。

そうそう、どこぞのテレビで「新しいお札は年末に」とか言って、その理由として「年明けより年末の方が神社が空いているから」とか言ってたそうだけど。

実際のところは、年末に来られても、お札の準備がそもそもないし、年末は年末で大掃除とか年明けの準備もあるし、むしろ年明けの方がバイトの巫女さんもいるし、年末に予定外の仕事を増やさない方がいいと思うよ。マスコミのいうことは鵜呑みにしない方がよくて、ちゃんと自分で調査しようね〜。

牛久市長選挙

行ってきました。

朝、起きてそのまま出かけたら、早めに到着してしまい、一番乗りになってしまったので、噂の投票箱確認ってヤツを図らずもやらせていただくことに。

まあ、中身がからなのを確かめて、署名するという簡単なミッションなのだけど、少しは参加してる気分になれるもので、たまにはこんなのもアリかな。

あとは結果を待つだけ。

新潟県で地震!?

日本海側の皆さん、大丈夫ですか?

ここのところ、本当に多いですし、思いもかけない場所が揺れるので、心配です。
皆さんが無事であることを心よりお祈り申し上げます。

憲法記念日

今、平成から令和に変わったこの時期だからこそ、憲法って、今一度考える必要があるんじゃないか、そう思う。

そうは言っても、偉そうに語れるわけじゃない。ただ、憲法の成り立ちは本当に言われている通りの経緯でできているのか、そう言うことは人に言われるままではなく、自分なりに調べたほうがいいのかなと思う。そうでないと、自分で考えることを忘れてしまう。できるなら、自分で立つべきだからね。

逆に、そう言うことなら、ここで結論めいたものを言うのも間違いなのだろう。
な〜んて。酔ってるなぁ。

そして令和が始まる

うん、令和になっても、僕自身は変わらない。

今後ともよろしくお願いします。とりあえずこの一言で。

平成が終わる

僕にとっては、この30年は社会人として過ごした30年と言う言い方が一番しっくりくるんだと思う。

なんせ、入社したのが昭和63年なのだから、平成の最初から会社員として働くことになった最後の年代。ま、僕の場合は1年間プーだった時期もあるので、フルに働いたと言うわけではないのが弱いんだけど、同期入社の方なら大多数はそう言う事になるんだと。

何れにせよ、改めて振り返れば一口に30年と言っても、いろいろなことがあったわけだし、令和に変わってもいろいろなことがあって時代は続いて行くのだと思うけど、一つの区切りであることは確かなことで、ここから流れが変わって行くのだろうし、いいことは続いて欲しいし、悪かったことはこれを機に終わる方向に転換することを願うのが、自然だよね。

これで自分が終わるわけでもないのも確かだと思うので、令和になってからもよろしくお願いする次第。

ここを訪れるみなさんに、今後もいいことがありますように。

娘1 就職

実際のところは昨日、16日から出勤している。

専門学校からの就職活動ということで、やや条件も厳しかったようだし、担任の先生のサポートも思うように受けられなかったみたいで、学校からの紹介といっしょに、新宿のハローワークにも通う日々で、4月最初からの就職には間に合わなかったようだけど、ともかくは、無事に決定してよかった。

就職先は「神社」。職種は「巫女」。さらっと書いてみた。どうせ二度見するだろw

そんな求人がハロワに出ているというのも驚きだが、ウチの子がそういうところに就職するというのも、僕の姉の仕事を踏まえれば、なんというか因果なものを感じる。御祭神はそういう意味ではかなり所縁がある。就職が難航するようなら、本人の希望を考えると姉(義兄)に相談するのもアリかなと思い始めていたところのこの求人に、「そう繋がるのか」と。本人の面接時の「手ごたえない」との感触とは別に、これはそういうもんだろうから内定出るよね、と僕は勝手にそう思っていた。

とにもかくにも、せっかく苦労して就いた職。精いっぱいやってもらえれば、成功、失敗含めて人生だから。

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